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彼の瞳はいつも穏やかに光っている。その眼差しが怒りに染まることはなく、ナギを含めありとあらゆる人に対して慈愛を注いでいた。
コトコトと鍋が煮える音だけがする静かな空間に、足音が騒々しく響いた。
「陛下! そんなところで何をしていらっしゃるんですか」
顔見知りの侍従が陛下を見つけた。
「ああ、もう刻か?」
平然とした態度で答える陛下に、従者は呆れ顔だ。
「今から向かうのは普段よりも遠い国でございます。急いで支度を」
「ああ、わかった――。ナギ、スープを詰めてくれないか」
話し込んでいる間にだいぶ火が通った。陛下がお食べになられることにはちょうど良い味の染み込みに仕上がっているはずである。
「帰りを待っていてくれ。ナギ」
だが、そのスープを陛下が飲んでくれたかどうか、今となっては分からない。
陛下は、この日を最後に国へ戻ることはなかった。
窓の外は暗い。陛下のいない城で作る料理がこれほど楽しくないとは予想だにしなかった。限られた材料で魅力を引き出し、みんなを満足させることにやりがいは見いだせる。しかし、誰かのために、という目標がないことがこれほど気力を削いでいくものだとは。
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