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「あのころ、芸能界を引退しようと考えていた。頑張って、認められても、本当の願いが叶う気配が全くしなくて」
「願い?」
喉がやけに乾いた。生唾をのみ、からからの口で「それは叶ったの?」と聞いてみた。知ったところでどうなるもないが、純粋な興味だった。
やたらと渚に近づいてくる神庭が一体どんなことを願っているのか。
「飲食店開業するの?」
「……っ、えっ? しないしない。逆にどうしてそう思ったのさ」
神庭は目を丸くして笑った。だって、と渚が弁明すると「えー、そういうふうに勘違いされる」か」と頭をかいていた。
神庭はテーブルに置かれていたミネラルウォーターをぐいと飲んだ。とがった喉仏が上下していた。
「ずっと好きな人がいる」
神庭が立ち上がり、渚のもとへつかつかと歩み寄った。見下ろされ、影になる。渚は体を強張らせた。
アイドルに想い人がいるというのは禁句なのではないか。いや、今はそうじゃないのか? 神庭の好きな人は男なのだろうか、それとも美しい女の人なのだろうか。こわごわと神庭を見上げた。
顎先をくっと持ち上げられると、明るい虹彩と視線が交叉する。
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