4.前世

2/5
前へ
/76ページ
次へ
 陛下がカリメルンへ戻らず、十年の歳月が経った。王の座には弟君が着任し、国は悲しみから脱却しつつある。  秋は実りの季節だ。雪で閉ざされる冬を前に、作物の収穫が盛大に行われている。収穫祭で城下町が賑わうのが遠くからきこえてきた。  前陛下のことを思うと寂しくなる時もある。しかし、今の陛下様は頼りになるお方で、国民は安心しているから大丈夫――と、胸の内で自分に言い聞かせた。 「ナギは陛下と仲がよろしかったのに」  と、周りの人に慰められたときは驚いた。人前で睦みあうことはなかった。なのに、関係を知られていたとは。 「それは勘違いです。僕だけを特別扱いしていたのではなく、陛下は皆を愛していらっしゃいましたから」  気持ちを押し殺し、同じ言葉を繰り返した。  何度新しい朝が来ても、陛下は戻らない。  ある日、弟君が調理場へ来た。 「……陛下」 「その呼び方はやめてくれないか、むずむずする」  現陛下は困ったように笑う。でも、と返したくても不敬に値するため迂闊な言動はできなかった。 「一体君は、兄にどうやって付け入ったのかと思ってね。聞いておきたかったんだよ」 「……っ」
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加