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野菜くずからうまみをとり、煮詰めて仕上げる素朴なスープが、慎ましく生きるナギの今の代表作になっている。
「ナギくん! 今日もお鍋にくださいな」
夕食時になると、常連さんたちが続々と来店する。見知った人の顔を見るたびにほっとした。そして、時折陛下の不在を思い出して落胆する。ドアベルが鳴り、ひょっこり陛下が顔を出してくれないか。かなわぬ淡い期待に切なくなってしまう。
にゃーん、と看板猫の黒猫ノワが足元に絡みついた。
「ちょっと、危ないって」
この店舗は、上にすむ老婆がもともと経営していたベーカリーショップをリフォームしたものだ。猫は老婆の飼い始めた愛猫でいつもはおとなしく、スープ屋に動物が居るのはどうかと思ったが、常連さんたちはノワに対して好意的だった。
「どうしたの、ノワ」
青い瞳がじっとナギを見上げた。あまりにしつこいものだから、仕方ないなあと抱き上げた。ノワは短く鳴き、そして満足げに尻尾を揺らした。
「……お客さま?」
入口に人影が見えた。ただ、こちらにやってこようとはしない。
体格の良い、どこか懐かしい風貌の男が立っている。
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