悪夢の始まり

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悪夢の始まり

 彼の身に起こる全ての出来事の原因は、今日この日にある。  彼が人生――人の生から逸れた全ての原因は、今日、この日にある。  ―――  道の右にはラフな格好をしたメガネの、左にはパーカーを着た茶髪の高校生二人はその日、映画を見に行く予定だった。  赤亡 系糸(あかなき けいし)怨野 敵(うらみや かたき)。イカれた名前で意気投合した二人は、偶然にも趣味が合致し、遊ぶ約束を取りつけたのが今日だった。 「ドラクーラってどれが一番面白いっけ?個人的には5なんだけど」  赤亡は、怨野に問いかける。  ドラクーラは、ドラキュラをモチーフとした吸血鬼映画だった。その安物感あふれるネーミングに反したクオリティの高さと、内容のえげつなさが評価され、ネット上で盛り上がっていたのだ。 「えー5?俺は3だな。レビューの評価が高いのは2だけど、あれはな…」 「強引に恋愛シーンをねじ込んだからね。確かに面白かったけど」  そして彼らは現在、最新作の7を見るべく、映画館へと歩いている。 「宣伝見る限りだと結構面白そうだったけどね」 「全部そうだろ、宣伝なんてどれも面白そうに見えるもんだわ」  怨野の返しに笑う赤亡。頭の後ろで手を組み、天を仰ぐ。 「今夏休みだしなー…混んでると思うが」 「大丈夫じゃない?世間に浸透してるとは言い難いし」 「何処がだ。あのFURBA(フルバ)が主題歌担当してんだぞ?浸透してないわけがない」  FURBA。ネット上で活動している、有名な歌手だ。 「それは普通にすごいよね。日本人歌手が洋画の主題歌だもん。僕が知ってるのは…なんだっけ、ポリリズム?」 「車のやつだな。見たなー子供の頃」  談笑しながら歩く彼らの前方。緑のパーカーを着た男が接近していた。 「どーする?何飲む?」 「居酒屋のノリで訊くな。あと着いてから言え」 「居酒屋言ったこと無いでしょ?」 「やられた」  彼らは這い寄ってくる危険に気付くことなく、呑気に笑い合っている。 「…!」  緑のパーカーの男は目を光らせた。 「うわっ、何?」  赤亡が、唐突に走り出したパーカーの男に混乱し振り向く。 「危ないな…え?」  振り向いた眼の先。そこには惨状が広がっていた。  周囲の歩行者が、一人残らず殺されていたのだ。それも、バラバラというのも生ぬるいほどに切り刻まれた状態で。 「……っ」  赤亡は言葉を失う。  視界を元に戻すと、今度はさっきまで立って歩いていたはずの者たちがいない。  下を見るとやはり同じように、死体と血の海が広がっていた。 「…え?は?」  まさかと思い、やめてくれと祈りながら赤亡は隣を見る。 「はぁ…」  そこには、ため息をつき舌打ちをする怨野の姿があった。  しかしここで赤亡は見落としに気づく。  今現在、日本の歴史上では最恐クラスの事件の渦中にあるにも関わらず、怨野の表情は焦りでも怯えでもなく、落胆と呆れを表しているように見えたからだ。 「……」  麻痺していた感覚が戻る。  強ばっていた皮膚が緩むにつれ、赤亡は頬にある感触を覚えた。これもまた、同じようにやめてくれと祈りながら触れる。  親友はまだ骸となってはいなかったが、今回は違った。その最悪の感触は間違っていなかった。  血飛沫。返り血とでも言うべきなのか。自己の血を触ったことはあれど、他人の血液など触りたくもないだろう。  恐れながら手と腕を確認するが、当然の如く濁った赤色で埋め尽くされていた。 「ゔっ…」  強烈な吐き気を催す。  更に不幸は連鎖するもので、赤亡は(なぜ自分と親友だけ)と、謂わばサバイバーズギルトの状態に陥っていた。  散乱した臓物と海の如く溢れる血、露出した骨と、スプラッター映画に引けを取らない地獄のような光景。それはつい一瞬前までしがない高校生だったの精神をずたずたにするには充分だった。  彼に心の安定を齎すものは誰もいない―――隣の親友、怨野を除いては。
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