練習

2/6
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 幼馴染、という三文字に勢いよく修正テープを引こうとしたきっかけは、今となってはよくわからない。陽平とは保育園から一緒だし、お互いに喜怒哀楽の表情なんて見慣れていたし、幼い頃は手をつなぎながら遊びに出かけたことだってある。そういう意味では今更恥ずかしがることなんてたいした多くないはずなのだけど、高校生になってから、あたしは陽平に対して素直に接することができなくなった。物理的な距離は近づきはせずとも遠ざかってもいないのに、昔は気軽にできていたことが、今はできない。  校内だったり、行き帰りの道だったり、そういうところで目にする陽平のすがたは、なんだかあたしよりもずいぶん遠いところに行ってしまったように思えてならなかった。時が過ぎるごとに少しずつ大人びていく顔つきや、かつて肩を並べていたあたしとはどんどん離れてゆく身長のせいか。変声期を過ぎて、すっかり低くなった声のせいか。どれもきっと違うんだろうな……という結論を導いたのは、ひとりぼっちの部屋でぼんやりとしているとき、頭に浮かぶ顔がいつも陽平のものばかりだと気づいた瞬間だった。  あたしは自分が知らないうちに陽平を好きになっていることについて、なんとか言い訳をつけようと必死になった。でも、あいつだけは絶対ありえない……なんて台詞自体がひどくあやふやで嘘くさい照れ隠しで、この世界に絶対的なものなんかなくて、いつか自分以外の女と手をつないで歩いている陽平の後ろ姿を想像して吐き気がした。あたしとつないだことのある手で、違う誰かの手をとって、いつか手以外の部分でも接触したりして、そう遠くない未来にはあたしのことを忘れてしまう。  うまく表現できないけれど、なんだかそれはとても嫌だった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!