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あたしが小坂井陽平から「おれ、好きな人、できた」などという助詞の吹き飛んだ言葉を聞いたのは、せっかく春休みに入ってからもだらだらと続く、進学講習の帰り道。希望したわけではなかったけれど、保育園から高校まで不思議と離れることなく続いてきた幼馴染の距離感のおかげで、もうこいつの知らないことなんて片手で数えられる程度しかないと思っていたのに、あたしは陽平に好きな人ができたことに今の今まで気づいていなかった。あと、いつの間にこんな出来損ないのAIロボットみたいなカタコトになったんだろうね、こいつは。
「はあ」
「なんだよ、リアクション薄いな」
「だってあんたずっと、アニメのロボットとかゲームにしか興味なかったじゃん」
あっ失言した、と思った時には既に「ガンダムのことロボットって言うな」という反論が目の前で弾けていた。嗚呼もう何回こうやって口滑らせてんのかな……と自分の指を折りかけた瞬間に、陽平が「おれだって、」と言葉を継いだので、あたしは神経を指でなく、耳に集中させる。
「一応は健康な高校生だからな」
「だからふっと女子の髪のにおいとか嗅いで性に目覚めちゃったってわけ? おーこわ」
「あのさ茉佑香、おまえ、おれのことなんだと思ってんの」
「ん? 腐れ縁」
そう、あたしたちは腐れ縁。幼馴染。友達を少し通り過ぎたところにあるコンビニ。赤ん坊の頃から傍にあったタオルケット。ずたぼろになるまで読んだお気に入りの文庫本。はじめて買った香水の空き瓶。
マジで腐っちゃいそうだよ、あたし。あんたのせいで。
あんたが「好きな人できた」なんて言うから。
人の気も知らないで。
そうやって目の前にいる本人へ言えないあたしが、陽平をばかにすることなど、できはしない。情けない。不甲斐ない。
でも言えない。
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