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俺は自他共に認める普通高校生。カースト中位、フツメン、平均点。トップオブ普通に君臨する普通の頂点。即ち、画倉井須佐とは俺のこと。
そんな一般人の俺だが、誇れるものくらいはあった。美術部で製作した作品「天使の落とし物」が佳作に選ばれたことだ。大賞を取れないところがやはり凡人止まりなのだが、美術室前の展示スペースに俺の作品は常設展示されている。
純白の薄紙を丁寧に切り取り、立体的に天使の羽を模して成形した五〇〇枚を超える羽を透明なアクリルボックスへ一枚ずつ、天使が本当に落としていったかのようにひらりひらりと積み重ね、その底面に白熱電球を仕込ませる。光の魔術師と呼ばれるフェルメールを意識した光の表現にこだわったアートオブジェだ。
俺の普通スコープをもってすれば、クラスメイトの彼女、真島一乃々佳が時々ボロを出していることには気づいていた。そのボロのベクトルが常人のそれとは異なるが、間違いなく彼女は学校生活で嘘を取り繕っていた。が、それを知ったところで俺は特段何をするわけでもない。普通のクラスメイトとして過ごしていただけ。
しかしあれは高校一年の避難訓練の日。過去の教訓を生かして昼休みを想定して行うとのことで、生徒たちは散りぢり、各々ひとときの休暇を満喫していた。そんな昼下がり。
避難訓練とわかっていればそこまで焦ることはないはずなのだが、スピーカーからは冷や汗を搔くような、手がじんわりと緊張感を帯びるような、危なげな警告音が煽ってきやがる。そんな音が校内に鳴り響き、次には『美術室が火事です。校庭に避難してください』と緊迫感を助長する声色でアナウンスが流れた。
その雰囲気にのまれ、シミュレーションとは理解しながらも心臓の鼓動が高まるのを感じて、教室から廊下に出たとき、彼女――真島一乃々佳に出くわした。そして彼女は不思議なことにとてもリラックスした様子で火災報知器の『強く押す』と記されたボタンに手を添えて、言う。
「これって時々押してみたくなるよね」
途端、彼女は言ってしまった……と口を「お」にして俺と目が合ったかと思えば、「ん」へと口の形を変えて、何事もなかったように眼鏡を整えて、小さく「火事だなんて嘘じゃん」と呟き俺の肩をかすめて去って行った。
普段は見せない彼女の本当の姿を初めて見た気がした。
次に彼女と話すきっかけができたのは、高校一年から二年に進級する間の春休み。四月一日のことである。
エイプリルフールに合わして俺が進級できなかったという事実も嘘にしてほしいが、まあ無理だろう。
校門から続く桜並木ではわんさか花見客が雀躍していて、その校門前桜通りの突き当りから左折すると一転して、閑散とした池を囲むほとりに沿った通りがある。
超絶普通人俺の審美眼ですら、映りこんだその情景はあまりに絵画じみて目に飛び込んできた。
晴天から放たれる光を目いっぱい吸収した池のウルトラマリンは、これ以上光を吸収できないと、きらきら光の粒を惜しみながらも反射して、小さな波を立てて震えている。池外周をタッタッタと砂利の歩道を鳴らして颯爽と駆け抜けるランニングウェアの男性。彼の走る姿を応援するかのように青々とした生木たちが風で枝葉を擦らせて沿道から声援を送る。そんな木々に紛れて一本だけ刹那の命を散らすまいと春風に抗う桜のピンクが、淡くも映える。
そこにひとり佇んで桜木を見上げる彼女は、写実的な風俗画のようだ。
あまりの美しさに、俺は心のファインダーにその情景を焼き付けずにはいられなかった。
彼女がその人、真島一乃々佳であることに気づいたのは、彼女が振り向いて、『真珠の耳飾りの少女』のように半開きの口、微笑んでいるようなそうでないような魅惑的な表情を俺に向けた時だった。
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