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普段学校ではダサめの眼鏡にノーメイク。明らかに陽の者が放つキラキラエフェクトを意図的に抑えて、必死に普通を演じ、つつまじくクラスに溶け込み、中流カーストであろうとする真島一乃々佳。でも、今日の彼女は本物だ。俺にはわかる。
今までわざと隠していたであろう光彩を彼女は今日、エイプリルフールのこの嘘にまみれた日にあるまじき真実を露わにしている。おそらく彼女を見て真島一乃々佳であるとは俺以外つゆほども思わないだろう。
「こんなところで何してるの?」
俺が話しかけると彼女は「ちょっと桜を見ると思い出すことがあってね」と、ぼそり言った後に「それより、え? 画倉井くん?」と目を丸くして言った。
俺が頷くと、彼女はそのまま驚いた表情で少し黙ったあとに「よくわたしだってわかったね」と言った。
「以前から真島さんがずっと本物を隠していることには気づいていたから」
「さすが普通代表の画倉井くんだ。バレてたか」
彼女はあちゃあ、とでも言うように自分の頭を小突いてみせた。
えらく古典的なリアクションに俺は無表情を持ってこたえる。
「普通なんて良いことひとつもないのに、どうして学校では普通を演じているの?」
「普通でいられることってすごく幸せだよ? わからないでしょ、画倉井くんには」
わかるはずない。俺がもし容姿端麗だったら、スポーツ万能だったら、勉強ができたら……一番になれたなら。そういつも願っている。普通の人間はいつだって何者かになろうとして足掻いているというのに、彼女は望んで普通であろうとしている。
「理解できないね。どうしてその容姿を学校でさらけ出さないの? きっとモテモテだよ」
「別にモテたくないし」
「友達だって増えるよ」
「そんなことない。友達いなくなるよ」
「そうか?」
「わたし、画倉井くんが羨ましいよ。憧れてた」
「何言ってんだよ」
彼女は人差し指をピンと立てた。
「嘘は人類最大の発明である」えっへんと付け加えられた。
「なにそれ、誰の名言?」
「イチノノーカさんって人」
イチノノーカさんとやらは、仁王立ち、腕組み、したり顔。
「いちごみたいな名前の偉人だな」
「わたし誓ったんだよ。嘘をついて生きるって。じゃないと本当のわたしを受け止めてくれる人なんていない」
「そうか? 俺はそっちのほうがいいと思うぞ」
「画倉井くんは男の子だからそう感じるだけだよ。女の子ってね、嫉妬深いんだから」
「それはそうかもしれないけど、疲れない?」
「疲れるよ。だからエイプリルフールに紛れてわたしは本当の姿になって舞うの」
「世間と反対だな」
「それくらいわたしの本当は嘘みたい」
「自覚があんだな」
春風は、爽やかで緩やか。ほんわか優しい。そんな記憶は案外あてにならない。イメージでしかなく、嘘なのだ。
夏になれば毎年こんなに暑かったっけと思い、ついこないだまで凍えていた冬でさえ、終わってみればその肌感覚なんてすぐに忘れてしまう。本物の春風も実際には今日のように、ビュンビュンと音を立てて陽が照っているのに少しずつ体温を奪う。そしてこれが彼女の嘘のメッキを強風が剝がすようにときおり激しく吹きつける。
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