11 Invisible Person 5

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11 Invisible Person 5

10008(ヨロズヤ)としては、自分たちの犯行の痕跡を一切残さず仕事ができたし、警察は無関係の人を逮捕してるってんでおかしくてしかたなかっただろうけど、そろそろ笑って眺めていられなくはずだよ。だって、依頼人から依頼料が振り込まれないんだからね」  (カズ)()の説明に、(ミツル)は眉をひそめた。 「でも、犯人は10008なんだろう?」 「アイはそう言ってる。ただ、世間では(タカ)(ハシ)()(ロウ)が犯人だってことになっている。他に怪しい人物を警察は見つけ出せていないし、メディアでも報道されていない。10008が犯人だってことを知っているのは10008だけだ。依頼人だって、犯人は高橋吾郎だって考えている。だから、10008に依頼料を支払う義務はないと考える」 「それで?」  一哉がなにを言いたいのかがわからず、満は首を傾げた。 「いずれ10008は依頼人に接触する。そして、依頼料を払ってもらうためには、なんとしてでも(イワ)()殺しは自分たちの犯行であることを依頼人にわからせるための証拠を出してくるはずだ。そうしなければ依頼料が支払われないように、僕たちが10008の依頼人に仕向けるんだ」 「そんなこと、できるのか?」  事もなげに一哉は説明するが、なかなか難しいことのように満には感じられた。  なにしろ、アイが目星を付けたふたりの人物が間違いなく10008の依頼人であるという確証はどこにもないのだ。 「ま、話術次第だね。これから僕たちはアイが依頼人の候補者として絞り込んだふたりに会って、四ツ坂マンション殺人事件の犯人は逮捕された人ですよって念押ししておけば良いんだ。それだけで、依頼人は10008に対して『依頼料は払わない』って言ってくれて、10008は依頼人に事件のなんらかの証拠を見せるはずだ。そうなれば、アイがなんらかの手段でその証拠を入手する」 「()()()()の手段?」  曖昧な一哉の物言いに満は不安を覚える。 「ま、僕はそれがどんな手段なのか、よくわかんないけどさ!」  あっけらかんと一哉は告げた。  彼はアイがすることに対して疑問のひとつも覚えることはないらしい。  あまり追及したところで納得できる答えは返ってこなさそうだ、と満は諦めた。 「ところで、依頼人はふたりということだが、他に依頼人候補者はいないのか?」 「アイの調査では、ふたりだけだよ。七月以降、SNSで10008に仕事を依頼するメッセージを送っていたアカウントの中で、10008からコンタクトがあったとおぼしき人物だ。10008はこれまでのところ依頼を受けると最短で半日、長くても二週間程度で依頼をこなすんだ」  満の問いに対して、一哉はアイに全幅の信頼を寄せていることが明らかな返答をした。 「依頼人がどういう事情で10008に依頼をしたかとか、そういう動機をアイは考慮しないんだ。いま逮捕されている(タカ)(ハシ)さんが真犯人ではないとアイが判断するのだって、高橋さんが被害者を殺す動機がないとか、高橋さんは虫も殺さないような善人だとか、そんな感情論じゃないんだ。状況証拠から被害者は10008によってマンションのベランダから突き落とされた。10008の依頼人と思われる人物はふたり。被害者とどんな接点があったかは不明。満の話からすると、被害者に盗撮されたなんらかの映像で脅された人ってことのようだけど」 「岩田は、犯罪の犯行現場を盗撮してたらしい」  滝のように流れ落ちる汗を拭うのを諦めた満は、ペットボトルの蓋を閉めながら告げた。 「犯行現場?」 「万引きの現場とか、痴漢の現場とか、そういう軽犯罪の現場を盗撮して犯行に及んだ者を脅していたらしい。これは警察に匿名の通報をしてきた人の話から判明したことだ。ただ、いまとなってはその動画がどこにも見つからないから本当かどうかを確かめようがない。岩田は、デパートやショッピングモールで万引きをしそうな人物を見つけては犯行現場を盗撮し、撮った映像を職場や家族に公開されたくなかったら映像を買い取るようにと相手を脅していたんだ」 「うわぁ、ゲスい奴っ」  一哉が顔をしかめると、同意するように満も頷いた。 「買い取り金額は内容にもよるが、数万円から数十万円と幅があったらしい。相手がギリギリ買い取れる金額を提示していたみたいで、学生であれば数万円、社会人でそれなりの収入がある相手には数十万円といったところだろう」 「なるほど。犯行現場を撮影しても店の従業員や警察に通報するわけではなく相手を脅す材料にしか使わないってところが最低だな。脅される方も自業自得ではあるから、同情はしないけどさ」 「完全に岩田単独の盗撮のはずなのに、なぜ高橋が関わっていると捜査本部が考えたのかはまったくもって理解不能だ。君の言うとおり、犯罪組織に岩田殺しを依頼した人物がいるというAIの推理の方がまだ理屈が通る」  AIは動機といった人間の感情の一切を無視して推理をすると一哉は語ったが、捜査本部の臆測と妄想による事実無根な青写真に比べればAIの方がましに思えてきた。 「じゃあ、依頼人は万引きとか痴漢をした現場を盗撮されたってことかな。ま、どういう理由にせよ、岩田(リク)に死んで欲しいし盗撮動画は消えて欲しいって思ったんだろうね。でも、自分で岩田を殺す度胸がないし、岩田の部屋に忍び込んだり押しかけたりして動画を消去するだけの実行力もないから、10008に依頼したってことだね。10008が怨霊だったら『岩田陸が死にますように。自分が盗撮された動画がハードディスクのエラーで全部消えますように』って願ってもセーフだったんだけどね。あ、貴船神社の絵馬って結構凄いこと書いてあったりするんだけど、みっちゃん見たことある?」  いつの間にか一哉からの呼称が『みっちゃん』になっていた。  そこを指摘するべきかどうしようか一秒だけ迷った満は、結局スルーすることにした。 「……いや。そもそも、行ったことがない」 「じゃあ、今度一緒に行こうよ。()()地区だからちょっとだけ涼しいしさ。10008は神様やあやかし並みの都市伝説扱いだから、10008に人を殺してくださいって願うことがアウトだってわからない人がいるんだろうね。で、死んで欲しかった相手が死んだら死んだで、お礼のお布施をするわけでもなく『死んでせいせいした』って思いながら普通に暮らしているんだ」 「君は……そういう奴が、気に入らないのか?」  やけに一哉の口調に(とげ)があるように満には感じられた。 「んー、どうかな?」  はぐらかすように一哉は答えた。
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