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6 The Organized Crime 2
「10008が依頼を受ける基準は不明ですが、いまのところ著名人の殺害は請け負っていないようです。10008が都市伝説レベルの存在として世間で認識されているのは、それが事件なのか事故なのかわからないくらいの殺人だからです。既往症がないのに突然心筋梗塞や脳梗塞で死んだ人に関しても10008が法医解剖で検出できないような毒を服用させたからだ、という怪しげな噂がSNS上で拡散されているの見かけますが、転落死を装って人を殺すことは特殊な毒を開発するよりもずっと簡単です」
「殺し屋の美学とか……」
「人殺しに美学うんぬんなんて、フィクションの世界だけですよ」
冷ややかに英知は満の考えを否定した。
「10008は、依頼人が指定した相手を殺すだけです。そして、指定した相手が確実に死んだことを依頼人に報せるためにも、転落死という手法を多く使います。事故であれ事件であれ、標的が死体になれば良いんですからね。SNSの噂では、10008は標的の殺し方について依頼人から細かく指示を出されるのを嫌がるそうです。標的と殺害完了日時だけ指定してあとはおまかせコースってのがベーシックスポットプランだそうです」
「ベーシックスポットプラン……」
動画配信サイトのように気軽に契約ボタンをタップしてしまいそうなプラン名だ。
「10008にはサブスクリプションサービスもあるそうで、それは殺人ではなく違法薬物や拳銃などの重火器の定期購入だそうです。殺人に関しては嘘か本当かわかりませんが単発契約のみだそうです。金額は不明ですが、はっきりとは決まっていないようです。ちなみに、アイ探偵事務所の相談料は初回無料です。二回目以降の調査依頼料は要相談、ということでよろしくお願いいたします」
「あ……はい」
英知の説明で、満は自分の銀行口座の残高に意識を向けた。
無職になってからは預金を切り崩して生活しているが、法外な金額を請求されない限りは支払えるくらいの蓄えはある。
「ただ、小林さんが一哉と一緒に助手として働いてくれるなら、依頼料はいただきませんよ」
「え?」
英知の提案に満は目を丸くした。
「アイ探偵事務所の臨時の助手として、小林さんも一緒に調査しませんか」
「……俺が?」
「小林さんは刑事だったんですよね? だったら、事件の捜査は手慣れたものでしょう?」
「今年の四月に捜査一課に配属されたばかりで、新米刑事の看板を下ろさないうちに退職したんだが」
「探偵助手が一哉ひとりだとなかなか依頼がこなしきれないんで、もうひとりくらい現場で調査活動ができる人材が欲しいと考えていたところなんですよ。私は事務所を空けるわけにはいかないですし。そういうことで、ひとまずお試し期間ということで日当一万円でどうですか」
「やります!」
報酬が貰えると聞いて満は思わず即答してしまった。
「でもさぁ。小林さんの友達がいまだに警察署で拘留されてるってことは、いまのところ警察では四ツ坂マンション殺人事件が10008の仕業だって考えていないってことだよね?」
「そうなりますね」
「で、被害者を転落死させたのがアイの読みどおり10008の犯行だとして、10008の実行犯を逮捕しなければ小林さんの友達が無実だってことを証明できないのであれば、ほぼ無理ゲーじゃん」
一哉が言うと、満は顔を強張らせた。
「無理ゲーを確実にクリアするのがアイ探偵事務所ですよ」
にこやかに英知が告げる。
「プレイするのは助手なんだけど?」
「なにをいまさら。いつものことじゃないですか」
眼鏡を指で押さえてあげながら、英知がふふっと微笑む。
レンズの奥の瞳は冷ややかだ。
(……平井警部。なんでアイ探偵事務所を俺に教えたんですか?)
満は心の中で元・上司に尋ねずにはいられなかった。
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