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◇◆◇
白雪が不動薫の邸宅に迎えられてから、二日が過ぎた。眠り続けていたせいで、起き上がったのは丸一日ぶりである。
「おはようございます」
蝶柄の振り袖を纏い、束髪に紅いリボンを結んだ白雪は、薫と藤へ向かってしとやかに挨拶をする。すでに二人は、重厚感ある焦げ茶色のダイニングテーブルに着座していた。
天井から吊り下げられたシャンデリアに、大理石の暖炉。繊細なレースカーテンの向こうには、庭園が垣間見えた。
薄茶色の煉瓦タイルが使われたモダンな外観の洋館にふさわしい、異国情緒あふれる食堂である。
「白雪様、どうぞこちらへ」
藤が席を立ち、白雪のために椅子を引く。
「は、はい」
客人のように扱われ、白雪は多少の居心地悪さを感じた。
自分に向けられた、二人の視線が痛いほどである。こんなことなら、給仕をしていたほうが気楽かもしれない。
それでも、久しぶりに華やかな着物を着せられて、背筋がぴんと伸びるようだった。
「よく眠れたみたいだな。顔色もずいぶん良くなった」
表情を変えることなく、薫は言った。
いっぽう白雪は、緊張からか顔を強張らせる。
「ご心配をおかけしました。すっかり、元気になりました」
体調はすこぶる良かった。
むしろ、これまで感じたことがないほど力が漲っている。
頭はすっきりとし、体は非常に軽い。気持ちも晴れやかだった。
なぜか、手のあかぎれまでも治っている。
まるで、生まれ変わったみたい――白雪は、自分の体なのに自分のものではないような、不思議な感覚を味わっていた。
「それは良かったな」
薫はたいして興味なさそうに言うと、手元の新聞へと視線を落とした。
「あ、あの……お着物、ありがとうございました」
「着物は明蝶伯爵夫人が用意したものだが」
「ですが……支度金をいただいたと聞いております」
「気にすることはない」
素っ気なく薫は答える。
「はい……でも、体も良くなったことですし、そろそろ明蝶の家に帰ろうと思います」
いつまでも世話になっているわけにはいかない。
屋敷の掃除や飯炊きもしなければならない。
のんびりしていたら夜子の機嫌がますます悪くなる。
白雪はそうするのが当然だと思っていた。
「なぜ? ここにいればいい。どうせ、結婚するのだから」
薫が訝しげな顔をする。
「えっ……結婚……」
薫が自分の見合い相手であったことを忘れていた白雪は、唖然とする。
黒黒とした神秘的な双眸、すっきりと伸びた鼻梁。そして美しい唇の形。
まさか、不動様が、このような見目麗しい紳士だったなんて。
厳つい年配の男を想像していた白雪は、薫と自分が結婚するという実感が湧かない。
「何か、不満があるのか?」
薫に凄まれ、白雪は身を縮めた。
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