二、花と棺

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「社長、白雪様が怯えているじゃないですか。もっと優しい口調で話しかけるべきです。びっくりされましたよねえ?」  藤は白雪ににっこりと微笑みかける。 「へらへらと……」  そんな藤の様子を見て、薫は口をへの字に曲げた。 「ふ、不満などございません。むしろ、わたしなどで良いのでしょうか。こ、こんなわたしで……」 「は? 何を言って……だから、何も気にしなくていいと言っているだろう?」  苛ついたように、薫がテーブルへ新聞を置く。 「も、申し訳ありません」  白雪は深く頭を下げた。  怯えているわけではない。ひどい扱いを受けたとしても慣れている。  ただ、命の恩人でもある薫が、体は虚弱なうえ落ちぶれた令嬢を妻にして恥をかかないかと、白雪は心配だった。 「ほら、社長」  じっとりとした目で、藤は薫を責めるように見た。  薫がこほんと咳払いをする。 「とにかく、食事にしよう」  薫は手元のベルをちりんと鳴らした。  すると、食堂の扉が開き、女が一人あらわれる。白い襟とカフスが付いた、黒いワンピースを着ていた。フリルがあしらわれた白いエプロンをかけているということは、女中なのだろう。 「(だいだい)、朝食の用意をしてくれ」  ひっつめ髪でつり目の、橙と呼ばれた女中は、「かしこまりました」と下がっていった。 「梔子(くちなし)の作る料理は美味いんですよ。梔子っていうのは、うちのシェフなんですが」  楽しそうに説明をする藤に、白雪は静かに相槌を打つ。  しばらくすると、橙が料理を運んできた。  テーブルに並べられたのは、ふんわり黄色いオムレツ。  白雪は、レストランのような朝食に目を瞬かせる。  元気だった頃の父と出かけたのを最後に、長い間、外食もしていない白雪にすれば、ごちそうだった。 「冷めないうちにいただきましょうか」  藤が言い、薫もフォークを手に取った。  白雪は、遠慮がちにオムレツを掬って口に入れる。 「まあ……」  口の中でしゅわしゅわと溶けていくような食感に、思わず声をあげてしまった。 「ねえ? 美味いでしょう?」  藤が得意げな顔をする。 「は、はい。このようなオムレツはじめて食べました。ふわふわであっという間に消えてしまうなんて。まるでスフレみたい」 「スフレをご存じなのですか?」  藤に訊ねられ、白雪は慌てて口を押さえた。食事中にはしたないと、青ざめる。 「おしゃべりで、申し訳ありません」 「気にするな、続けろ」  しかし、薫は白雪が話し出すのを待っているようだ。 「父が所有する異国の書物に、スフレというお菓子が載っていました。説明書きを読んだだけで、口にしたことはありません。だけど、たぶん、こんな感じで、ふわふわした食べ物じゃないかしら。わたしも、こういうふわふわしたお料理を、いつか作ってみたいと思っておりました」 「へえ……」  意外にも薫は、白雪の話にしっかり耳を傾けている。  するとすかさず、藤が言った。 「でしたら、梔子に習うといいですよ。私から、言っておきますから」 「えっ、よろしいのですか?」  白雪は恐る恐るといった風に、藤を上目遣いで見る。 「いいですよね、社長?」  藤に念を押されるように言われ、薫は「別にかまわない」とぶっきらぼうに答えた。 「あ、ありがとうございます」  白雪の胸はどきどきと高鳴っていた。  料理を教わるなんて、夢のようだ。  その時ばかりは、本当にまだ夢の中にいるのではないかと思えるほど、幸せな気持ちだった。
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