二、花と棺

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 好きにしていいと言われても、何をすればいいのかしら。  食事を終えて食堂を出た白雪は、所在なげに廊下の窓から庭園を眺めていた。 「白雪様、あまり気になさりませんように」  そこへ、藤がやってくる。薫にきつく言われた白雪を心配したのだろう。 「はい。大丈夫です」  そこで白雪は気丈に答える。 「屋敷の暮らしにはいくらか慣れましたか? 必要なものがあれば何でも仰ってください。私にはもちろん、他の使用人たちにでも構いません」  薫の秘書であり、屋敷では家令のような役目も担う藤は、白雪に親切だった。 「あの……藤さんも、いつも旦那様とお食事をご一緒されるのですか?」  藤は「ああ、あれね」と笑った。おかしな質問をしたのだろうかと、白雪は戸惑う。 「実は、前にあまりに仕事が忙しく食事を抜いていたら、ぶっ倒れたことがありまして。それ以来、監視されているんですよ。信用がないのか、社長の目の届くところで食べるよう言われています」 「そうでしたか」 「つまり、白雪様があまりにも痩せていらっしゃるので、私みたいにならないか、社長なりに気遣っているんだと思います」 「えっ……わたしを気遣って?」 「あ、分かりませんでした? あのお方、分かりにくいですよね。すみません」 「いえ、そんな、わたしを気遣うなど……もったいないことです」  藤が困ったような顔をするので、白雪はますます恐縮してしまった。 「本当に、何でも仰ってくださいね。こちらとしても、白雪様に伺いたいこともあるのですが、まずは体の調子を整えるのが先決です。たくさん食べてたくさん眠って、元気になってください」 「は、はい」  有り余るほど元気はあるのだけど――役に立てないことが悔しいと、白雪は思う。 「オムレツ、美味しかったですよ」  藤がにっこりと微笑んだ。  白雪のささくれた心に、藤の優しさが染みる。いっぽうで、他人に期待しすぎてはいけないと、もうひとりの自分が警鐘を鳴らしていた。  だって、人の心は変わるから。  厳しくも温かだった父の、病床から自分を見る凍てついた瞳が脳裏に蘇る。唸るような声で、「もう顔を見せるな」と言われたときの悲しさも。 「白雪様?」 「あっ……すみません。ぼんやりしてしまって」 「大丈夫ですか?」  藤が焦ったように、白雪の顔を覗き込む。 「まだ体が万全でないのかもしれません。血が馴染むのに時間もかかるでしょうし」  そう言った藤の表情に、哀れみのようなものが浮かんだ。 「血が馴染む?」  白雪は訊ねる。 「あ、ええと、私がお部屋までお連れしましょうか?」  藤の返答は、白雪の問いを拒絶したものだった。  空気を察した白雪は、「けっこうです」と断る。  気分を害したわけではない。急に怖くなったからだ。 「一人で平気ですから、どうぞ、藤さんはお仕事にお戻りください」  丁重に頭を下げると、白雪は逃げるようにその場をあとにした。
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