二、花と棺

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 激しく鼓動する胸を押さえながら、白雪は与えられた部屋へと駆け込み、扉を閉めた。  何かが違うと思っていた――扉に背中を預け、肩で息をする。 「わたしの体が、こんなに丈夫なはずがない」  舶来の重厚感ある家具や調度品が並び、上等な絨毯が敷かれた部屋は、いっそう白雪を不安にさせた。  半日働いただけで疲れ切っていた体が、今は、何ともない。それどころか、溢れ出る力を持て余しているようにさえ感じられる。 「何が起こっているの?」  胸の辺りが、じんわり熱くなる。  血が馴染むとは――知りたいけれど知るのが怖いような気がした。  屋敷で気を失い、薫の胸の中で目を覚ますまでの間に、何があったのだろう。  一度死にかけ、蘇ったとだけ、説明を受けた。  救ってくださったのは、旦那様――白雪は、しっとりした手を握り合わせる。 「あれから、お医者様にも診てもらっていないのに……」  ふいに白雪の中で、父の書棚に並んでいた、ある一冊の書物を手に取った時の感触が蘇る。  ずっしりとした重みと、埃の匂い。  どうしても頁が捲れず、震えが止まらなかった。 「お母様……」  急に恐ろしくなって着物の袂に手を入れるが、形見の守り袋はない。意識を取り戻した時、すでに失くしていたのを思い出した。  そこで、部屋の扉がノックされる。 「白雪様、いらっしゃいますか?」 「は、はい」  白雪は、慌てて立ち上がり、着物を整えてから扉を開けた。 「使用人の(はなだ)と申します」  そこには、着物に白い前掛けをした、白髪で小柄な老年の女性が立っていた。 「お体の具合が良ければ、旦那様が、お話があると仰っておりますが」 「はい。大丈夫です」 「では、応接間でお待ちですので」  白雪は部屋を出ると、縹の後について廊下を進んでいく。 「あの、こちらのお屋敷の使用人はどのくらいいらっしゃるのですか?」  まだ、使用人たちへの挨拶も済んでいないことが気になった白雪は、縹の背中へとそっと訊ねた。 「旦那様の秘書をしている藤を含めて、私どもは七人でございます」 「この広いお屋敷をたった七人で?」  掃除だけでも一日がかりに違いないはずだと、白雪は驚く。  せめて、洗濯くらいは手伝わせてもらえないだろうか。そう言おうとして、口を開きかけた時。 「こちらが応接間でございます」  縹が扉の前で立ち止まる。  急かすような縹の視線を受け、白雪はすぐさま扉をノックした。 「白雪でございます」 「中に入れ」  白雪は、広々とした応接間に一瞬怯む。飾られた絵画や彫像は、ひと目で値の張るものだと分かった。  不動の財力は噂に聞いていた以上だ。しかし、成り上がりと揶揄されるほど悪趣味ではない。  ジャカード織りの布が張られた気品のあるソファが、それを物語っているようだ。  ソファに座って足を組む薫が、じろりと白雪を見る。 「藤からは止められているが、俺はあまり気が長いほうじゃない。お前に色々と聞きたいことがある」 「……はい」  ひどく冷ややかな視線。だけど、あの時と何かが違う――  薫の鋭い目つきに震え上がりそうになりながらも、白雪は、はじめて目を合わせた時のことを思い出そうとしていた。  あのように、黒黒とした瞳だっただろうか。  ふいに、燃えるような赤の印象が浮かび上がる。
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