三、闇からの使者

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 空が深い藍色に染まり、瓦斯燈がひとつふたつと灯りはじめる。 「いったいいつまで俺は、ここで縛られてなきゃならないんですか?」  食堂の椅子に縄で縛り付けられた三郎は、悪びれる様子もなく言った。  その顔には、しっかりと目玉が二つはまっている。 「三郎、お前、本当に何も覚えていないのか?」  錦秋屋の番頭は、首に氷嚢を当てながら訊ねた。  しかし、縛り上げられたはずの番頭の首に、傷や痣は見当たらない。  妖魔というものは昼間にはあまり力を使えず、幻影を見せるくらいが関の山だという。 「三郎さんは、妖魔に取り憑かれていて意識がなかったのだから、仕方ありませんよ。ねえ、社長?」  藤は、三郎をかばうような口ぶりだ。 「ほ、本当に妖魔なんてものが、今もまだ?」  あの場にいた番頭でさえ、事態が飲み込めずにいるようである。  しかし薫は、ただ煩わしそうな表情で、頬杖をついているだけだった。 「わたしがいけないのです。門を開けてしまったわたしが……」  床に膝をついた白雪の腕を、薫が引き上げる。 「何をしようとしている?」 「あ……」  白雪は、夜子にするように平伏するつもりでいた。  番頭や三郎が責められるのではないかと思ったからだ。 「謝罪など望んでいないし、不愉快だ」 「も、申し訳……」 「だから、謝るな。いちいち、怯えるな」  白雪はびくりとして身を縮める。呆れ顔の薫を見て、藤がくすりとした。 「三郎さんが正気を取り戻したのは、白雪様のおかげだと橙から聞いています」  藤が言うと、三郎はうんざりしたような顔をする。 「頭から酢をぶっかけられて、さんざんだ」 「三郎!」  番頭は三郎の頭を軽く叩いた。藤が「まあまあ」と取りなす。 「しかし、なぜ、酢を?」  薫は白雪に訊ねた。 「父の書物に、酢は気付け薬になると記してありました。意識を失っているのなら、意識を取り戻せばいいのではないかと」 「へえ……意識をねえ」  興味深げに、薫はつぶやく。 「それにしてもどうして、うちの三郎が? こいつ、お祓いしてもらったほうがいいんでしょうか。つい先日、お寺さんにはお参りしてきたばかりなんですがねえ」  番頭は、拾い集めた数珠の玉を数えながら、困惑気味に言った。
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