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デパートで洋装の採寸を終えた白雪は、薫のあとについて賑やかな通りを歩いていた。周辺を散策してみようと、薫が街歩きに誘ってくれたのだ。
貴賓室での、薫の態度は堂々としたものだった。また、外商の女性店員たちは終始うっとりした表情で薫を取り巻き、次から次へと美しい布地をどこからともなく持ってきては並べて見せてくれた。
彼女たちはそれらを、一点ものや限定ものなどと言い、店先には並ばない逸品だと説明する。
上客だからというだけではない。どうも薫には、人を惹きつける魅力があるようだ。
人並み外れて整った容姿をしているのだから、それも頷ける。
そんな薫との買い物は、現実離れした世界を見せてくれた。
置いていかれてしまうわ――浮かれて、少しぼんやりしていたことに気づく。
すいすいと人並みを抜けていく薫に、白雪は自然と小走りになった。
度々パラソルを傾けては、見失わないよう確認しながら。
そこにふと、舶来物の雑貨屋が目に入った。ぴたりと、白雪の足が止まる。
店先に並ぶのは、どれも普段目にしないようなものばかりだ。
ドレスを着た貴婦人の陶製の置物、ステンドグラスのランプ、花の絵が描かれた取り皿。
また、ブローチやペンダントのきらめきには、ついつい見惚れてしまいそうになる。
「欲しいものがあれば買うといい」
薫の声に、白雪は我に返る。
声を掛けずに立ち止まったというのに、置いて行かれてはいなかった。
驚きながらも、すぐに答える。
「いいえ。結構です」
すると、分かりやすく薫の眉間に皺が寄った。
色々と物を与えられる理由が、白雪には分からない。
眺めるだけで心は満たされていたが、欲しいと言うべきだったのだろうか。
「まったく、お前というやつは……」
そこへ、ぱたぱたと走り寄ってくる人影。
「白雪様!」
懐かしい声に呼ばれ、白雪の顔が輝いた。
「キヨさん、どうして?」
走り寄ってきたのは、風呂敷包みを抱えたキヨだった。
「不動様、お初にお目にかかります」
キヨが薫へと会釈する。
「彼女は、明蝶家の女中のキヨです」
白雪が紹介すると、薫は「ああ」と頷いた。
「白雪様、お元気そうで……キヨは、キヨは……またお会いできて本当に嬉しいです」
目を潤ませながら、キヨが言った。
その様子に、白雪まで胸がじんわりと熱くなる。
「わ、わたしも……もう二度と会えないかと。今日は、こんなところまでどうしたのですか?」
「奥様のお使いで、きわみ屋さんに」
きわみ屋は明蝶家が贔屓にしている和菓子屋だ。
子どもの頃からの馴染みの味が、ふんわりと口の中に広がる。
「もしかして、甘納豆?」
「はい。旦那様にと」
きわみ屋の甘納豆は父の好物である。
「まさか、お父様が、甘納豆を食べたいと仰ったのですか?」
「このところ、少しの間起き上がるくらいには、お元気になられて」
「まあ!」
白雪は、思わず声をあげた。
「ぜひ、お顔を見せにいらしてください。旦那様もお喜びになるかと……ああ、そう言えば、白雪様のお守りはキヨが預かっております」
「ああ、良かった……ありがとう、キヨさん」
大切な母の形見が見つかり、白雪は安堵して顔を綻ばせる。
「あ、あの……旦那様」
そこで、すっかりおしゃべりに夢中になっていたことに気づいた。
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