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白雪が機嫌を窺うように目をやると、やはり薫はうんざりしたような顔をしている。
「ああ、積もる話もあるだろうし、角のカフェーにでも入るか?」
その申し出にはキヨのほうが遠慮してしまった。
「いえいえ、私はすぐに戻らねばなりませんので」
それはそうだろう。どこで油を売っていたのかと、夜子に問い詰められるに決まっている。
「キヨさん、また今度、必ず会いましょうね。お父様にご挨拶と、お守りを受け取りに……あ、あの、旦那様、実家へ戻ってもかまいませんか?」
白雪は許可を得ようとして、薫を見る。
「……そうだな。藤か橙のどちらかを連れて行くのなら、かまわないだろう」
「ありがとうございます。キヨさん、ではそのうち」
白雪は、キヨの手に自分の手を重ねる。
「はい。きっと」
キヨは何度も頷いた。
「その数珠は、どこの職人が作ったものだろう?」
唐突に、薫がキヨの手首を指差す。
「これは雲翼寺さんのそばにある仏具店で手に入れたものでございます。ここの数珠は、魔除けによく効くと評判ですから」
突然の問いにも、キヨは落ち着いて答えた。
「なるほど。それでよく見かけるわけだ」
「そろそろ、私はこれで」
キヨは軽くお辞儀をして、その場を立ち去る。
あまり待たせて、夜子を怒らせては大変だ。白雪はそっとキヨを見送った。
「魔除けによく効く、か……」
ふと白雪が隣を見上げれば、薫がいやに厳しい目つきをしている。
「何か、気がかりがおありですか?」
「いや、何でもない。車へ戻ろう」
薫はパラソルを持ち上げ、自然と白雪の腰を抱いてきた。
「もう少しお父上の具合が良くなってから、俺はご挨拶に伺うとしよう。そのように伝えてもらえるか?」
「は、はい……あ、ありがたいことでございます」
白雪は、声を上ずらせる。
「どうして、体を硬くする? それほど俺が怖いのか?」
「ち、違います……」
慌てて否定するが、薫はすでに仏頂面だ。
仕方無しに、白雪は頬を染めながら理由を伝える。
「……慣れていないのです。その……このように、体を寄り添わせることに」
「はあ?」
薫は驚いたような声をあげると、素早く白雪から手を離した。
「ば、馬鹿馬鹿しい。これくらいのことで」
「も、申し訳ありません」
「いずれ夫婦になるのだ、慣れてもらわねば困る」
「はい。慣れるようにいたします。もう一度、肩を抱いてください」
白雪は至極真面目にそう返した。
「もう一度?」
「命令ならば、何度でも」
「も、もういい。これは、自分で持て。行くぞ」
薫は顔をそむけたまま白雪にパラソルを返すと、さっさと先を歩いて行ってしまうのだった。
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