四、銀座の街

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 ◇◆◇  薫は白雪を屋敷へ送り届けたあと、再び一人、街へと戻った。  すでに日は傾きかけ、空は茜色と藍色が混じりはじめる。  気が急いているのか、薫は足早に石畳の橋を渡り切ると、すぐさま人通りの少ない路地へと入っていった。  薄暗い小径に、提灯に書き記された朱色の〝卜〟の文字が浮き上がる。  古びた引き戸を、薫は導かれるように開いた。 「これはこれは、冥世の皇子。お久しゅうございますな」  白い髭を生やした老爺が、待ち構えるかのように、小上がりになった畳の上で座していた。  壁には奇妙な掛け軸が掛かり、土間には引き出しの足りない箪笥が置かれ、天井からは五色の布が垂れ下がっている。また、文机の上には占いに使う筮竹(ぜいちく)があった。  相変わらず雑多な店内を見回して、薫は帽子を脱ぐ。 「皇子ではないと何度言えば分かるのだ。今は、不動と名乗っている。ただの商人だ」 「ご謙遜を。冥帝の直系で、母親は女鬼(めっき)。先祖返りと噂の、絶大な妖力をお持ちであるのに」 「それが何だ。お前も今は、ただの占い師だろう?」  占い師は白い髭を撫でながら、にやりとする。 「どうして、そうまでして人のふりをするのでしょうか。さっさと術者の封印を解いてしまわればいいのに。我らもそろそろあちらへ帰りとうございますが」 「人世で生まれた俺が、人のふりをして何が悪い。冥世に帰りたければ、勝手に帰るがいい。皇族とはもはや無関係の、俺の知ったことではない」  薫は冷ややかな声で言った。 「ははは、面白い。物言いが、お父上とそっくりだ」  百年以上会っていない父の話をされたところで、虫酸が走るだけだ。  さも愉快そうに笑う占い師に、薫はだんまりを決め込む。 「さて、今日はどんな御用でしょうか」  仕切り直しとばかりに、占い師が文机をぽんと叩いた。 「俺の力のことだが、効かぬ相手がいるようだ。理由が分かるか?」 「効かぬ相手……さて? あなたの力を持って、効かぬ相手などおらぬでしょう。そもそも、木っ端の妖魔ならば恐れて近寄らないでしょうし、普段から、妖しの力を使って人を取り込み、事業をされているのでしょうし。この爺とて、皇子を前に油断はできません」 「人聞きの悪いことを言うな。商談でわざわざ力を使うようなことはしない」  不愉快そうに薫は眉を顰めた。 「そこまで、人の真似事をしたいのですか」  占い師は少々呆れているようである。 「俺の力が効かぬ相手は、妖魔ではないし、もはや人でもない」  戯言に付き合っている暇はないとばかりに、答えを急かすように薫は言った。 「それは……どのようなお相手で?」 「妻を娶ることになって……つまり、そういう相手だ」 「皇子が妻を娶られると! これは愉快だ」  またしても、占い師はけたけたと笑い出した。  ますます薫の顔つきは渋くなる。
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