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一、甘い毒
「私の忠実な下僕である鏡よ鏡、教えておくれ」
長押から天井に続く螺鈿細工。
襖に描かれた四季の花。
豪奢な広間は、風もないのに障子が揺れ、家鳴りがしていた。
孔雀の模様が描かれた着物に、きらびやかな錦の帯を締めた女は、繊細な装飾が施された真鍮の手鏡に問う。
「この世で一番美しいのは誰?」
「この世で一番美しいのはあなた様でございます」
鏡の答えを聞いて、女は目を吊り上げた。深い夜の色をした瞳だった。
「嘘おっしゃい!」
女が鏡を握りしめる。
「私よりも白雪のほうが美しいに決まっているわ」
「あなた様も白雪様と同じように、美しい心をお持ちのはずです」
鏡は憐れむように言った。
「絹のような白肌、深い湖のように澄んだ瞳、そして、真紅の薔薇のような唇……白雪のすべてが憎くてたまらない。いっそ死んでくれたらいいのに……」
鏡に映るのは醜く歪んだ女の顔。女はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
「さあ鏡よ、正直に答えておくれ。この世で一番美しいのは誰?」
「この世で一番美しいのは……朽ちることのない清らかな心をお持ちの、白雪様でございます」
「お前は、賢いわ」
女はぎょろりと目を見開き、引きつりそうなほどに口角をあげる。それは、怒りとも喜びともつかない陰惨な表情だった。
突如、雷鳴のような女の叫び声が響く。鏡の表面に、網目状に亀裂が走った。やがて限界を超えた鏡は割れ、細かな破片を飛び散らせるのだった――
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