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「社長、大変です!」
すると、いきなり藤が部屋に飛び込んできた。
白雪と薫は、弾かれるように体を離す。
「あっ、ああ、失礼いたしました」
藤は二人からぱっと目をそらした。
「またお前か……何の用だ?」
薫は呆れたように前髪をかきあげ、白雪はそわそわしながら着崩れした着物を整える。
「実は、橙が買い物に出たまま帰らず。浅葱に探させましたが、まるで何者かに攫われたかのように忽然と市場から消えたらしく、何の手がかりもないそうです」
藤は深刻な表情で告げた。
「何だと?」
薫が眉間に皺を寄せる。
「そうしていると先程、手紙が屋敷に届きました。ここには、〝橙を預かっている。明蝶家の奥義を持ってここに来い〟と書かれています。おそらくこの手紙の主は……」
藤が言わなくても、白雪には分かった。
きっと、妹が――
橙はおそらく、明日の朝食の食パンを買いに出かけたのだ。
どうか、無事でいて。白雪は拝むようにする。
しかし、すでに奥義は燃えて灰になったというのに、どうすればいいのだろう。
「まずいな。急がねば日が暮れてしまう」
薫が眉間に皺を寄せる。
「いかがいたしましょう?」
慎重に、藤が訊ねる。
「とりあえず、我らで指定された場所へ向かおう」
薫はコートに袖を通した。
「旦那様、どうか……どうか、わたしも連れて行ってください」
白雪は薫へ懇願する。
「白雪様にまで危険が及ぶことになります。屋敷でお待ちください」
しかし、薫より先に藤が返した。
「奥義は燃やしてしまいましたが、書かれていたことはわたしの頭の中にございます。実は、燃やす前に頁を開いてしまいました。わたしは、一度読んだ内容は決して忘れません」
「いや、しかし……」
珍しく引き下がらない白雪に、薫は戸惑っているようだ。
「お願いいたします。今のわたしには惜しむ命などありません。橙さんを救いたいのです」
これほど強く、自分を貫き通したいと思ったことはない。
薫にとって橙や仲間たちはかけがえのない存在である。
一人として欠けてはならない――女が意見するなと育てられたことも忘れ、白雪は揺るぎない意思を見せた。
「分かった。ただし、俺から決して離れるな」
薫の心強い言葉に、白雪はしっかりと頷くのだった。
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