八、午後のお茶会

8/8
181人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
「社長、大変です!」  すると、いきなり藤が部屋に飛び込んできた。  白雪と薫は、弾かれるように体を離す。 「あっ、ああ、失礼いたしました」  藤は二人からぱっと目をそらした。 「またお前か……何の用だ?」  薫は呆れたように前髪をかきあげ、白雪はそわそわしながら着崩れした着物を整える。 「実は、橙が買い物に出たまま帰らず。浅葱に探させましたが、まるで何者かに攫われたかのように忽然と市場から消えたらしく、何の手がかりもないそうです」  藤は深刻な表情で告げた。 「何だと?」  薫が眉間に皺を寄せる。 「そうしていると先程、手紙が屋敷に届きました。ここには、〝橙を預かっている。明蝶家の奥義を持ってここに来い〟と書かれています。おそらくこの手紙の主は……」  藤が言わなくても、白雪には分かった。  きっと、妹が――  橙はおそらく、明日の朝食の食パンを買いに出かけたのだ。  どうか、無事でいて。白雪は拝むようにする。  しかし、すでに奥義は燃えて灰になったというのに、どうすればいいのだろう。 「まずいな。急がねば日が暮れてしまう」  薫が眉間に皺を寄せる。 「いかがいたしましょう?」  慎重に、藤が訊ねる。 「とりあえず、我らで指定された場所へ向かおう」  薫はコートに袖を通した。 「旦那様、どうか……どうか、わたしも連れて行ってください」  白雪は薫へ懇願する。 「白雪様にまで危険が及ぶことになります。屋敷でお待ちください」  しかし、薫より先に藤が返した。 「奥義は燃やしてしまいましたが、書かれていたことはわたしの頭の中にございます。実は、燃やす前に頁を開いてしまいました。わたしは、一度読んだ内容は決して忘れません」 「いや、しかし……」  珍しく引き下がらない白雪に、薫は戸惑っているようだ。 「お願いいたします。今のわたしには惜しむ命などありません。橙さんを救いたいのです」  これほど強く、自分を貫き通したいと思ったことはない。  薫にとって橙や仲間たちはかけがえのない存在である。  一人として欠けてはならない――女が意見するなと育てられたことも忘れ、白雪は揺るぎない意思を見せた。 「分かった。ただし、俺から決して離れるな」  薫の心強い言葉に、白雪はしっかりと頷くのだった。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!