一、甘い毒

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「あれだけの財を築いていらっしゃるのだから、立派な方に違いないじゃないか。まあ、悪い噂がまったくないわけじゃないけど、そこは目を瞑るしかない。それともまさか、相手の年や見てくれまで気にしているのかい?」 「そ、そういうわけでは……」 「贅沢な娘だねえ。私は明蝶家に嫁ぐ時、文句のひとつも言わせてもらえなかった。後妻だとしても、前妻の子供の世話までしなくちゃならなかったとしてもね。私みたいな庶民が、華族様の妻になるなんて、それはそれはたいへんなことだったんだよ。だいたい、黙って従うのが親孝行ってもんじゃないのかい? それとも、私の言っていることが、間違っているって?」 「いいえ……」  商家の娘だった夜子にも、これまでに様々な苦しみがあったのかもしれない。そう思うと、強くは言い返せない白雪だった。 「だったら、話を進めるよ」 「ですが、不動様は、本当にわたしなどで良いのでしょうか?」  それほどの資産家であれば、もっと良い縁談はあるかもしれない。こんな、落ちぶれた華族の娘でなくてもいいはずだ。  白雪は、体も弱くみすぼらしい今の自分を、相手に気に入ってもらえるとは到底思えなかった。 「馬鹿だねえ。不動さんは、明蝶家という箔を付けたいだけだよ。お前が良くて、結婚を申し込んだとでも思ったのかい? お前はただのお飾りなんだ。それだけは肝に銘じておくんだね」 「そ、そんな……」  夜子の言い草に、白雪は絶句する。 「運良く可愛がってもらえれば、子供だってできるかもしれない。男が産まれれば、明蝶家の養子にすればいいじゃないか。断絶も覚悟なさっていた旦那様はお喜びだろうよ」  家を存続させるための道具のように言われ、白雪は深い悲しみに襲われる。  さらに夜子は―― 「まあ、体の弱いお前には、難しいかもしれないがね。本当に役立たずの娘だよ」  白雪を罵り、せせら笑った。  あまりにもひどい――白雪は、悔しさに震える。  しかし、涙は見せなかった。 『人前で泣いてはなりません』  思い浮かべるのは、実母の言葉。  武家に生まれた実母は、優しさの中にも強さを秘めた人だった。  周囲の者を惑わさぬよう、感情を押し殺すのは礼儀で配慮だと教わっていた。  だから白雪は、唇を噛みしめ耐え抜くのだった。
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