訳アリ物件の罠

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訳アリ物件の罠

「事故物件でもいいので、安いアパートありませんか!」  来月から、〇〇女子大に通うことになったのだ。その最寄り駅に近いところで、安い家賃のところに住みたい。 「こちらはどうでしょうか?」  わたしは、店員に出せれたプリントを見た。  安さに目を奪われた。都内でこの価格は破格だ。築年数も新しい。しかし、罠があるかもしれない。 「敷金・礼金が高かったりしませんか?」 「いいえ、そんなことはありません。トイレも浴室も完備です。こちらのアパートは女性専用となっておりまして、セキュリティの面でも安心かと思いますがいかかがでしょうか?」  女性専用のアパートならば安心だ。隣が変な男の人だったらいやだものね。  駅近くでこの値段ということは、やはり事故物件なのだろうか。わたしはホラーは大丈夫な質なので、それは構わないが、一応どんな事件があったのかは知っておきたい。 「その部屋で何があったんですか? 殺人ですか? 自殺ですか?」 「いいえ、事故物件だという記載はありません」 「事故物件でも、一度他の人が住むと、事故物件の公表はしなくていいんですよね。それで安いのでしょう?」 「いいえ、事故物件サイトでも調べましたが、何も起きていません。大家さんに直接きいてみますか?」 「そうですね。大家さんと話してみたいです」 「このアパート、記載上は変なところはありませんが、人の入れ替わりはよくあるそうなので、実際のアパート、ご近所周りなどもよく確認して検討してみてください」  近所にうるさい若者などが住んでいるのだろうか。それだったら、事故物件よりもいやだ。  実際にアパートに足を運んだ。綺麗なところでアパート内の問題は何もなかった。  駅からも近く、便利である。  今、昼間だからかもしれないが、騒音をまき散らしている若者などもいない。閑静な住宅街だ。    大家さんは大人しそうなお爺さんだった。  わたしは安さの理由を尋ねてみた。 「本当に事故物件じゃないんですか? わたしは過去に事件があっても気にしないです。隠さないで教えてほしいです」 「このアパートには〇〇女子大に通う生徒がたくさんいます。女子学生だとお金の面で色々大変でしょう。ちょっとでも勉学に励んでもらいたいという思いから、ギリギリのコストでやらせてもらってます。そのため、私自身の利益はほとんどありませんが」 「大家さんの利益がほとんどないって、それでいいんですか?」 「私にもあなたくらいの年齢の孫がいます。あなたの生活が楽になるのであれば、私も本望です」  赤の他人のためにそこまでするのか。 「そうですか。〇〇女子大に通っている人もここに住んでいるんですね。ちょっとお話を聞かせてもらってもいいですか? わたしも来月から通うんです」  〇〇女子大の先輩を呼んでもらった。  一つ上の清楚なお嬢様タイプの人だった。  わたしはたずねてみた。「近所に変な人とか住んでいますか?」 「いいえ、そういうのはないですね。ここは住みやすい町だと思います」 「このアパート、欠陥住宅だったりしませんか?」 「いいえ、1年住んでますが、そういった類の不満はないです。ただ……」  やはり、何かあるのか。  わたしは緊張の思いで彼女の次の言葉を待った。  しばし、ため込んだ後、先輩は語った。 「『出る』んです。このアパート、幽霊が出るんです」  そっちできたか。だが、わたしはホラーは馬鹿にしているタイプなので大丈夫だ。ホラー映画だって怖いと思った試しがない。 「どんな霊が出るんですか? ここ事故物件ではないと聞きましたが、古くから伝わる呪いとかですか?」 「あたし、霊の正体まではわかりません。はっきりと見えたりするほど、あたしは霊感があるわけではないので」 「具体的には、どんなことが起こりましたか?」 「夜中に、ギシギシと誰かが歩く音が聞こえたり、小声で話しているような声が聞こえたり、誰もいないはずの部屋なのに見られているような気がするんです。ポルターガイストのようなことも起こったりします」  その程度か。気のせいで済みそうだ。霊などの騒動は、ただの怖がりの妄想だと思っている。  夜中に歩く音は、実際に誰かが歩いているだけだろう。夜更かしする住人だっている。わたしだって、夜中まで起きている時だってある。  声がするのは、アパートの住人が夜中に映画やテレビを見ているだけだろう。  見られている気がするのは、ホラー小説などを読んで気が散っているだけだ。外の風の音などに敏感になった神経が反応しているだけだ。 「ポルターガイストのようなことってなんですか?」 「家具が動いているような気がするんです」  たぶん、それは本人の気のせいだろう。もしくは、地震などの影響で多少位置が動いてしまっているだけだ。  わたしは迷うことなく契約を決めた。  アパートに住む先輩は、視線を感じると言っていた。確かにその兆候はあった。  誰もいないはずの部屋。しかし、誰かがいるような気がする。  まさか、見えない何かがいる……?  いやいや、それは誘導された錯覚だ。その事前情報を聞いたからそんな気がすると思い込んでいるだけだ。実際に部屋には誰もいない。誰からも視られていない。    異変は入所して一週間ほどで起きた。  微かな物音で目が覚めた。  何かが動いているような物音。衣擦れのような音。微かな声のようなもの。  耳に神経を集中させた。 「……」  何も聞こえない。周囲を見渡すが真っ暗だ。  気のせいか、と目をつむって、布団を被った。  すーはー。息使いだ。わたしのではない、息使いが聞こえる気がする。  そんなばかなと思って、部屋の電気をつけた。  誰もいない。  まさかな、と思いつつ、ベッドの下を覗いた。  よかった、誰もいない。  電気を消して、再びベッドに入った。  無音だ。とても静かな夜だ。  だが、なんとなく視線を感じる。  気のせいだと思おうとしても、その感覚は鋭くなっていくばかりだ。  暗闇の中、目を開けた。  部屋には誰もいない。  暗闇に慣れてきて、少しは見えるようになった。だが、もちろん誰もいない。  目を閉じようと思った瞬間、窓に影が見えた気がした。  まさか? ここは204号室、2階である。  しかし、その思いも杞憂に終わり、何も起こらず、いつしかわたしも眠りの底に落ちていた。  昨夜のことはなんだったのだろう。わたしも怖がりになってきたのだろうか。それとも、霊感なるものに目覚めでもしたのだろうか。  窓のカーテンを開けた。朝日が眩しい、いい天気だ。 「あ……」  窓に『手』の痕がついている。  いやいや、自分の手の痕だろう。それか、汚れが手に形に見えるだけだ。  わたしは魔除けの意味を込め、ぬいぐるみを窓の傍に置いた。このぬいぐるみに窓を見張ってもらおう。  今日は予定があるので、そのまま出かけた。    帰ってきたのは夜中だった。  窓を見て、ドキッとした。  窓の外を見張る意味で置いたぬいぐるみが、こちらを向いていた。窓の方を向く形で置いたはずなのに。  わたしが置き間違えた? 記憶違い?  わたしは身支度をしてから、眠りについた。  真夜中に起きた。気配を感じたのだ。  暗闇の中、目を転じるが、やはり何もいない。見えない何かが? いや、そんなはずはない。  布団を頭まで被った。最近、寝不足だからしっかり寝ないと。  一度気になりだすと、眠れないものだ。  わたしは布団から顔を出した。  ふと、窓に目をやると、そこには真ん丸な眼があった。  普通の女の子だったら、お化けだと悲鳴をあげていたかもしれない。わたしは違った。それをとっつかまえてやろうと、窓に駆け寄り、勢いよく窓を開けた。   ◇◇◇  幽霊なんていなかった。それは大家さんの仕業だった。  視線を感じるような気がしていたのは、変質者の大家さんが隠しカメラを仕掛けていたからだった。盗聴器もしかけてあった。  ポルターガイスト騒動もなんてことはない。大家さんは合いかぎを持っている。外出した時に部屋の中で、下着などを漁っていたのだった。  そこまででやめていたら気づかれなかったかもしれない。彼は監視カメラ越しで見るのでは飽き足らず、実際に眼で見ようと思ってしまったのだった。  わざわざ2階の部屋の窓に、はしごを使って覗きを行っていた。  幽霊なんていないと証明されたのはよかったが、変質者は危険だと改めて思い知らされた。  格安物件には、やはりそれなりの理由があるのだなと勉強になった。  (了)
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