兎穴に落ちて

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 「んっ……ぉ暑っ!?」  玄関のドアを開けた瞬間、もわっとした熱気がなだれ込んできた。  昨日とは打って変わって、たぶん30度近い気温である。制服が環境の変化を感知して半袖に変形するが、焼け石に水。  「地球暦の上では春、なんだけどなぁ……」  汗に滲む視界の中、はるか頭上に浮かぶ鉄塊をにらむ。  気候制御システム『天衣無縫(てんいむほう)』。  200年以上も前からこの街を――否、この星全域を睥睨している大先輩だ。  元々はこの荒れ果てた星を植民地とするためにつくられたものらしいが、稼働開始から一ヶ月たらずで隕石にぶち当たってバグってしまった。  おかげで(ルナ)の気候はぐちゃぐちゃ。  むかしの人はかなり苦労したらしい。重力制御システムがなかったら(ルナ)は不毛の地に逆戻りしてたとまで言われている。  そりゃ今だって大変だけど、わたしたちの世代はまだ環境の変化に耐性がある――そう自分をなぐさめてみるけど、やっぱり暑い。  異常気象に適応した現代っ子たちを本国が過信してるのか、最近は対策が雑な気がする。せめて地下道は駅まで繋げてくれればいいのに。  通学路の途中で、いつも飴をくれるおばさんが飲み物をおごってくれた。  今度お買い物の荷物持ちをすると約束して、『神酒の海のおいしいお水』を飲みながら、片道20分の道のりを歩く。  通勤ラッシュで賑わう駅前でも、容赦ない陽光がじりじりとアスファルトを焼いている。  ホームの階段にはいちおう屋根がついているので、その下で汽車を待つことにした。  一緒に並んでいる大人や学生たちと同じように、キューブを軽く握り込む。  機体は縦横に走った線にそって4つに割れると、それぞれ長方形の頂点を形作った。そこに面を張るように平面ホログラムが浮かび上がる。  デフォルトで表示されている検索サイトからニュース一覧へ飛んで、暇つぶしに物色してみる。
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