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・ティコ動物園に羊の赤ちゃん誕生! 約15年ぶり 近日公開予定
・あの大人気カフェチェーン店が月初上陸 ティコ街第15区内に来月オープン
・『炉辺者』実在確定か!? 某氏が語る世界の真実
「…………」
周りからは画面が見えない位置にいることを確認して、一番下のオカルト記事を開く。
『炉辺者』。
ひーばあちゃん風に言うなら『超能力者』とかになるだろう。200年以上の昔に誕生した新たな人類のかたち。奇跡を起こし、厄災や祝福をもたらす、人知を超えた存在。
そう、彼らは今も巧みに身を隠し、世間に潜伏しつづけている。この星に、この街に。そしてあなたの隣にも――
――そういう都市伝説である。
昔いろいろあって疲れ果てていたわたしは、現実から逃れようともがいていた。
すこしだけ、わたしじゃなくなりたかった。
嘘と真実の狭間をたゆたう噂話や都市伝説のたぐいに、わたしはのめり込んでいった。
ひーばあちゃんに引き取られてからは現実逃避の必要はなくなったけど、やっぱり離れ難いのだ。
高校生にもなってこんなの見てるなんてガキっぽいって分かってる。でも……でも夢があるじゃん!
自分の中の何かに言い訳をしながら、表示された記事の文面に目を通し――
『月政府からのお知らせです』
「げっ」
突如として画面が揺らぎ、職員室みたいに味気ない、おおきなデスクが表示される。
灰色の机と真っ白な壁のあいだに差し込まれた栞みたいに座っているのは、月世界知事の夜凪灯だ。
高めの身長に対して、のっぺりと厚みのない身体。刃物みたいにするどい目つき。
相変わらず紙みたいにかさかさした声で、手元の原稿を読み上げる。
『月が日本国の領土となってから、今年で300年となります。いま我々が踏みしめている大地は、おおくの犠牲のもとに勝ち取られたものであります。かつて新天地開拓に貢献した英雄たちへの感謝を胸に、本日も月市民としての責務を全うしてまいりましょう』
あたりをそっと見回してみると、ほとんどの人が渋い顔をしてキューブ画面を眺めている。
今年に入ってから毎日、数時間ごとに政府が番組を配信していた。月開拓から300周年記念ということで、ずいぶん気合いが入っている。
内容は、先人への感謝とか未来への希望とか――お世辞にも面白いものではない。
ほとんど観ないで飛ばすこともできるが、あんまり邪険にしつづけるとそのうち一時間くらいぶっ続けのやつが出てくるらしい。長時間キューブを奪われるくらいなら、一日に数分間くらい我慢したほうがマシというわけだ。
いちおう『お知らせ』なので、直近のニュースも読み上げられていく。
ほわぁ、とあくびしていると汽車の走行音が聞こえてきたので、そろそろ列に並んどこうかな。
「……あれ?」
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