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なんか、上のほうが騒がしい。
跨線橋の向こうがわから尋常でない雰囲気が伝わってくる。
「朝っぱらから酔っ払いとか? やだなぁ……」
などとつぶやきながらも、野次馬にまぎれて階段の上を見上げてみる。
ちょっと背伸びして視界を確保する間にも、怒号や悲鳴がだんだんおおきくなってきていた。内容までは聞き取れないものの、どうやら尋常じゃない雰囲気。酔っ払いや不良同士の小競り合い、という感じではない。
何かが割れるような鋭い音がひびいた。いくつもの足音がこっちに向かってくる。ほとんど全力疾走だ。
なんだか分からない、おおきな破裂音。
これ、ちょっとマジのやつなんじゃ……?
引き返そうとしたが、いつの間にかできていた人混みに阻まれて動けない。
ざわめきが一層おおきくなった。
古びた階段の最上に、青年の姿があった。警察官をずらずら引き連れている。
ほとんど白に近い金色の髪。端正な顔立ち。かなり背が高くて、歳は二十代前半くらいに見える。
「――どぇっ!?」
わたしは素っ頓狂な声をあげながら、自分でも驚くほどの素早さでキューブの画面を正面にかざした。
画面内では知事が語りつづけている。
『先日月警察本部にて4名の警察官を殺害し逃亡した牡丹山姮娥容疑者は、いまだ行方がつかめておりません。お出かけの際には充分にご注意を――』
画面に映し出された『容疑者』の見た目は、目の前の青年とそっくり同じだった。
「これって、――うひゃあ!?」
混乱していたわたしは、迫っていた人混みに気づけずに――誰かの鞄か何かにぶつかって押し出されてしまう。
一定の位置より先には絶対に踏み込まない人と人のかたまりから、放り出されて。
彼と目が合った。
あざやかな翠色の瞳。
その姿が、ぐらりと傾いた。
階段の上から人が落下してくる。かちあったままの目と目の距離が有り得ないくらい急速に縮まっていく。
「あ」
ぶつかる、と思うまもなく、ごしゃっという嫌な音がして――
べらぼうな衝撃と痛みに塗りつぶされて、わたしの意識はそこで途切れた。
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