兎穴に落ちて

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 真っ白な天井。  なんだかひどく疲れている。  もう指一本動かしたくない……。  本能に忠実に、そのまま二度寝しようとして――違和感に気づいた。  あれ、わたしなんで寝てるんだっけ。  「――はうっ!?」  すべてを思い出すと同時に、おでこに激痛が走った。  そうだった……わたしは、頭をぶつけて気を失ってしまったのだ。  絆創膏に包まれた傷口をさすりながら、よいしょ、と身を起こした。寝起きで曖昧な意識のなかぼんやりと世界を見回す。  清潔な空気と、かすかな消毒液のにおい。  どこかの病院だろうか。  私が寝ていたのはパイプベッド。傍らにはパイプ椅子。テーブルや戸棚、フローリングの床に至るまで、ことごとく古ぼけている。  蛍光灯のレトロな光のせいかすべてが白っぽく、どこか無愛想に浮かび上がっている。  ふいに、サイドテーブルに置かれたものがきらりと明かりを反射した。ぼやけた視界でも銀色と透明で構成された物体であることが何となく分かる。  「眼鏡眼鏡……」  これまた古臭い台詞をつぶやきながら、よく馴染んだ手触りを頼りに文明の利器を装着。  よかった、これで少なくとも視界は明快になる――  「――うあっ!?」  素っ頓狂な声が喉から飛び出した。 視界が揺れ、回り、しっちゃかめっちゃかに踊り狂い、左右で別々の映像を脳に注ぎ込んでくる。  まるで他人に遠隔操作されてるみたいだ。  「な、何こ――うぇっぷ」  一瞬で酔ったわたしは、咄嗟に口元を抑えて上体を折り曲げる。目を強く閉じてひたすら耐えていると、少しずつ気分が楽になってきた。  そうっと片目を開いてみて、問題がないことを確認する。  なんだったんだろ……まさか怪我の後遺症とか?  「と、とりあえず人を呼ばなくちゃ。えっとナースコールは……――」  びっっっ  っっっくりして声も出なかった。  となりのベッドに、人が寝てる。  「……い、生きてる……の?」  そう疑ってしまうほど、その青年には生気がなかった。間近で見ても本当に呼吸をしているのか分からない。この体に血が通っていることすら想像できない。  そっと触れてみると、ほんのり冷たい。  でも右腕からは点滴が繋がっていた。まさか遺体に点滴するなんてことはないだろう。ない……よね?  「ていうか、この人……」  その顔立ちを見て、さっきの騒動を思い出した。  警察官を何人も手にかけたうえ、私のおでこに怪我を負わせた牡丹山姮娥。それが今ここで――わたしのとなりで、眠っている。  「うそでしょ!? 犯罪者とふたりきりってこと!?」  もうナースなんて待ってられない。こんな部屋にいられるか!  焦燥に駆られておもいっきり布団をはね上げたのと、背後の窓がノックされたのは同時だった。
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