兎穴に落ちて

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兎穴に落ちて

 あさひのくせに、朝に弱い。  「うわぁ〜! 見逃した……!」  わたしは食パンを口に詰め込みながら、テレビの前で悲鳴をあげる。  朝のニュース番組『ルナ・タイムズ』はちょうど放送を終了するところだった。精巧な立体ホログラムの中で、いま人気のV(バーチャル)アナウンサーが「紅葉寺(こうようじ)あさひさんは通学の時間です。行ってらっしゃいませ」と微笑んで姿を消す。  横で見ていたひーばあちゃんが「あらあら」と微笑んだ。  「あさひは大袈裟なんだから。ニュースなんてスマホで見ればいいでしょ?」  「内容じゃなくて人を見てるの! ていうか、今はキューブだってば」  だとしても、ひーばあちゃんは録画でもOK派なので、不思議そうに小首をかしげている。  絶対リアタイ派としては悔しさを噛み締めたくなるが、そんな時間もないのでしぶしぶホログラムの電源をオフにする。  机上に転がしていたキューブを制服のポケットにつっこむ。  サイコロによく似た、見た目の割にずっしりした正方形。何百年も前から存在する、伝統的な小型コンピュータだ。  「ていうか、こないだ警察本部が襲撃されたとか言ってなかった? うちの学校は生徒の安全をどう思ってるわけ……?」  ひーばあちゃんに心配をかけないよう小声で、友達から伝え聞いた話を舌の上で転がす。  厳密には、攻撃されたのは国立の医療研究機関らしい。そういうのって関係者はほとんど公務員あつかいだったりするので、庶民としてはあまり差異を意識できないけど……。  なんにせよ、(ルナ)世界の警察組織は万年人手不足なので、その数を減らすような行為は重罪だ。良くて終身刑、悪くすると――想像したくもない。  しかも今回の犯人は現役の刑事だったらしい。  同胞を何人も殺害した重大犯罪者が街をうろついてるということで、ほとんどの学校はお休みになっているはずだった。  わたしの通う、ティコ国立高等学校以外は。  そこそこ頭のいい学校だけど、教育方針はスパルタというか脳筋というか。きっと槍が降っても休校しないんだろうなぁ。  納得いかないけど、ふてくされても学校がなくなるわけじゃない。ぶつくさ言いながらも準備済みの鞄を拾い上げる。  今日を乗り切れば、明日はひーばあちゃんと一日おでかけなんだから。  ひいばーちゃんとお茶をして映画を観て可愛い服を探すのだ。  そう考えると、ちょっとだけやる気が出た。  「行ってきまぁす、ひーばあちゃん」  「行ってらっしゃい、あさひ」  張りのない挨拶を交わして、半地下から地上へ短い階段をのぼっていく。
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