528人が本棚に入れています
本棚に追加
12話 俺の恋人
「ごめんなさい」
「……何それ」
「律さ」
「その気がないなら、最初から思わせぶりな態度取らないでよ!」
それ以上その場にいたくなくて、僕は居酒屋を飛び出してしまう。タクシーを捕まえて、直ぐに家に向かう。
何度も電話がかかってきたけど、出ることなんて出来ない。止めようとしても、涙が溢れ出してくる。
勢いで出てきて、プレゼントもそのまま持ってきてしまった。何も考えたくなくて、僕は家に帰った。
リビングのドアを開けて、明かりをつける。するとソファに座って、何やら怒っている凛斗が目に入ってくる。
いきなりのことで、動揺が隠せずにいた。確かに合鍵も持ってるし、暗証番号も知ってるけど……勝手に入らないでよ。
「何で、いないんだよ」
「あっ、ごめん。ちょっと、買い物に」
「電話ぐらい出ろよ」
スマホを見ると金城くんの他に、凛斗からの着信も入っていた。思わず僕は嘘をついてしまう。
「あっ、ごめん。電池切れしてたみたい」
「ふ〜ん、コンビニ?」
「……あっ、そうだけど」
どうでもいいから、早く帰ってよ……泣いてるの見えてるでしょ。今は一人で考えて、もっと泣きたいんだから。
「……相変わらず、嘘つくの下手だな」
「えっ」
「とにかく、座れよ」
「分かった……」
完全にバレてるな……そう思ってソファの方に行くと、両手首を掴まれて何故か押し倒された。
凛斗の表情が、見たこともないぐらいに怖かった。体が硬直して、動かすことが出来ない。
声を出そうにも、全身が震えているようだった。目を逸らしてしまうけど、直ぐに顎をクイってされて強制的に目が合ってしまう。
「言っとくけど、律が嘘ついても直ぐに分かるから。居酒屋だろ」
「な、んで……」
「今後一切、嘘をつくなよ。直ぐに分かるから」
「……なん」
「返事は?」
「分かった……」
怖かったけど、僕の返事を聞くなり直ぐにいつもの笑顔になった。そしてキッチンに行って、鼻歌を歌って何かを作っていた。
その光景がとてつもなく、怖くて僕は寝室に行った。寝たふりをすることにして、目を瞑って窓の方を見て横になった。
寝室に入ってきて、ベッドに座ったようだった。ぎしっという音がして、耳に息を吹きかけられた。
「んっ」
「律……誰とも、付き合うなよ」
思わず変な声が出てしまったけど、怖くて体が硬直してしまった。僕のお腹の方に手を伸ばしてきて、薄手の毛布をかけてくれた。
それでも何を考えているのか、分からない……。凛斗は僕の頭を撫でて、寝室を出ていった。
「怖い……」
毛布を両手で持って、涙が溢れてきて……急激に凛斗のことが怖くなってきた。抵抗できなかった……。
体の大きさもあるだろうけど、それ以上に知らない人みたいだった。さっき押し倒された時もそうだけど……やっぱ、少し可笑しい。
凛斗はどこか、僕の行動を制限してくる。ずっと心のどこかで、思っていたことだ……。
それから会社で金城くんに会っても、僕が完全に避けまくっていた。湊くんからも電話がかかってきた。
それも怖くて、出ることが出来ない。やっぱ無理だったんだ……誰かと仲良くなるなんて。
「僕はこれからも、誰とも仲良くならない方がいい」
結局何度も、同じことの繰り返し……なんで期待しちゃたんだろう。受け入れてくれるって、なんで思ってしまったんだろう。
僕の誕生日から既に、二十日以上経っている。それなのに、未だにあのプレゼントを開けれずにいる。
泣いても泣いても、止まることなく溢れてくる。あれから凛斗は、表面上はいつも通りだった。
だけど、それがとても不気味で何も言えなかった。距離を置こうにも、家族ぐるみの付き合いだ。
「凛斗は、何を考えているんだ」
そんなの、これまでも何度も考えていた……何度も考えても、結論なんか出てこない。とにかく、買い物にでも行こう。
家にいるから、鬱々とした気分になってしまう……。アニメショップに行って、推しのグッズを買い込んだ。
「やっぱ、落ち込んだ時にはオタ活が一番」
「あれ、宮澤じゃん」
「……鹿野」
僕がウキウキ気分で歩いていると、後ろから声をかけられた。見なくても分かる……このレモンの香りは、鹿野昴だ。
なんでこんなとこで……地元が同じだし、会うのは可笑しいことじゃない。会いたくないし思い出したくもない。
十二年間一度も会ってないのに、よりにもよって……このタイミングなの。そう思っていると、急に肩を掴まれて見たくもない顔を見せられた。
「おい、無視かよ」
「……何の用」
「別に、懐かしい顔を見たから」
何それ……会いたくないし、あんたのことなんて忘れたい。それなのに、昔のことと金城くんのことがチラついてしまう。
こっちを見て睨んでくる鹿野の後ろで、ニヤニヤしている取り巻きたち。来年三十歳になるのに、何の進歩もない人たち。
僕も人のこと言えないか……思わず自虐的に笑うと、肩を更に強く掴まれた。痛いけど……怖くて、何も言えない。
「お前、何が可笑しいんだよ」
泣きそうになってきて、そんな時に浮かんでくるのは……金城くんの笑顔だった。好きだったんだよ……本気で。
助けて……もう嫌だ。そう思っていると、急に腰と肩を掴まれて後ろから抱きしめられた。
片手で両目を隠されて、優しい甘い香りに包まれた。この匂い間違いなく、金城くんの匂いだ。
「かな……しろくん……」
「お前ら、俺の恋人泣かすんじゃねーよ」
「は? 何だよ! 急にって……透真か」
「昴だよな」
えっ……知り合いなの……。何それ、意味分かんない。よく分からないけど、背中から伝わってくる体温が心地よく感じてしまう。
この匂いのお陰か体の緊張も、強張りも解けていくように感じた。それと同時に、周りからの声が聞こえてきて恥ずかしくなってきた。
「その……もう、離して……」
「これ、被ってて下さい」
僕の声を聞いて体が解放してくれた。直ぐに着ていた薄手のパーカーを脱いで、僕の肩にかけてくれた。
そしてフードを被せてくれて、より一層匂いで包まれた。なんかさっきよりも、周りの連中の視線を感じる分恥ずかしいかもしれない。
そのためか金城くんの顔が見れない。だけど、もの凄く怒っているのは雰囲気で分かった。
「へえ、こいつと付き合ってんの? 従兄弟として、忠告しとくけど……止めておいた方がいいと思うよ」
「……お前には関係ない」
「こいつは……平気で浮気して自分が悪いことを、認めない卑怯な奴なんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!