12話 俺の恋人

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12話 俺の恋人

「ごめんなさい」 「……何それ」 「律さ」 「その気がないなら、最初から思わせぶりな態度取らないでよ!」  それ以上その場にいたくなくて、僕は居酒屋を飛び出してしまう。タクシーを捕まえて、直ぐに家に向かう。  何度も電話がかかってきたけど、出ることなんて出来ない。止めようとしても、涙が溢れ出してくる。  勢いで出てきて、プレゼントもそのまま持ってきてしまった。何も考えたくなくて、僕は家に帰った。  リビングのドアを開けて、明かりをつける。するとソファに座って、何やら怒っている凛斗が目に入ってくる。  いきなりのことで、動揺が隠せずにいた。確かに合鍵も持ってるし、暗証番号も知ってるけど……勝手に入らないでよ。 「何で、いないんだよ」 「あっ、ごめん。ちょっと、買い物に」 「電話ぐらい出ろよ」  スマホを見ると金城くんの他に、凛斗からの着信も入っていた。思わず僕は嘘をついてしまう。 「あっ、ごめん。電池切れしてたみたい」 「ふ〜ん、コンビニ?」 「……あっ、そうだけど」  どうでもいいから、早く帰ってよ……泣いてるの見えてるでしょ。今は一人で考えて、もっと泣きたいんだから。 「……相変わらず、嘘つくの下手だな」 「えっ」 「とにかく、座れよ」 「分かった……」  完全にバレてるな……そう思ってソファの方に行くと、両手首を掴まれて何故か押し倒された。  凛斗の表情が、見たこともないぐらいに怖かった。体が硬直して、動かすことが出来ない。  声を出そうにも、全身が震えているようだった。目を逸らしてしまうけど、直ぐに顎をクイってされて強制的に目が合ってしまう。 「言っとくけど、律が嘘ついても直ぐに分かるから。居酒屋だろ」 「な、んで……」 「今後一切、嘘をつくなよ。直ぐに分かるから」 「……なん」 「返事は?」 「分かった……」  怖かったけど、僕の返事を聞くなり直ぐにいつもの笑顔になった。そしてキッチンに行って、鼻歌を歌って何かを作っていた。  その光景がとてつもなく、怖くて僕は寝室に行った。寝たふりをすることにして、目を瞑って窓の方を見て横になった。  寝室に入ってきて、ベッドに座ったようだった。ぎしっという音がして、耳に息を吹きかけられた。 「んっ」 「律……誰とも、付き合うなよ」  思わず変な声が出てしまったけど、怖くて体が硬直してしまった。僕のお腹の方に手を伸ばしてきて、薄手の毛布をかけてくれた。  それでも何を考えているのか、分からない……。凛斗は僕の頭を撫でて、寝室を出ていった。 「怖い……」  毛布を両手で持って、涙が溢れてきて……急激に凛斗のことが怖くなってきた。抵抗できなかった……。  体の大きさもあるだろうけど、それ以上に知らない人みたいだった。さっき押し倒された時もそうだけど……やっぱ、少し可笑しい。  凛斗はどこか、僕の行動を制限してくる。ずっと心のどこかで、思っていたことだ……。  それから会社で金城くんに会っても、僕が完全に避けまくっていた。湊くんからも電話がかかってきた。  それも怖くて、出ることが出来ない。やっぱ無理だったんだ……誰かと仲良くなるなんて。 「僕はこれからも、誰とも仲良くならない方がいい」  結局何度も、同じことの繰り返し……なんで期待しちゃたんだろう。受け入れてくれるって、なんで思ってしまったんだろう。  僕の誕生日から既に、二十日以上経っている。それなのに、未だにあのプレゼントを開けれずにいる。  泣いても泣いても、止まることなく溢れてくる。あれから凛斗は、表面上はいつも通りだった。  だけど、それがとても不気味で何も言えなかった。距離を置こうにも、家族ぐるみの付き合いだ。 「凛斗は、何を考えているんだ」  そんなの、これまでも何度も考えていた……何度も考えても、結論なんか出てこない。とにかく、買い物にでも行こう。  家にいるから、鬱々とした気分になってしまう……。アニメショップに行って、推しのグッズを買い込んだ。 「やっぱ、落ち込んだ時にはオタ活が一番」 「あれ、宮澤じゃん」 「……鹿野」  僕がウキウキ気分で歩いていると、後ろから声をかけられた。見なくても分かる……このレモンの香りは、鹿野昴だ。  なんでこんなとこで……地元が同じだし、会うのは可笑しいことじゃない。会いたくないし思い出したくもない。  十二年間一度も会ってないのに、よりにもよって……このタイミングなの。そう思っていると、急に肩を掴まれて見たくもない顔を見せられた。 「おい、無視かよ」 「……何の用」 「別に、懐かしい顔を見たから」  何それ……会いたくないし、あんたのことなんて忘れたい。それなのに、昔のことと金城くんのことがチラついてしまう。  こっちを見て睨んでくる鹿野の後ろで、ニヤニヤしている取り巻きたち。来年三十歳になるのに、何の進歩もない人たち。  僕も人のこと言えないか……思わず自虐的に笑うと、肩を更に強く掴まれた。痛いけど……怖くて、何も言えない。 「お前、何が可笑しいんだよ」  泣きそうになってきて、そんな時に浮かんでくるのは……金城くんの笑顔だった。好きだったんだよ……本気で。  助けて……もう嫌だ。そう思っていると、急に腰と肩を掴まれて後ろから抱きしめられた。  片手で両目を隠されて、優しい甘い香りに包まれた。この匂い間違いなく、金城くんの匂いだ。 「かな……しろくん……」 「お前ら、俺の恋人泣かすんじゃねーよ」 「は? 何だよ! 急にって……透真か」 「昴だよな」  えっ……知り合いなの……。何それ、意味分かんない。よく分からないけど、背中から伝わってくる体温が心地よく感じてしまう。  この匂いのお陰か体の緊張も、強張りも解けていくように感じた。それと同時に、周りからの声が聞こえてきて恥ずかしくなってきた。 「その……もう、離して……」 「これ、被ってて下さい」  僕の声を聞いて体が解放してくれた。直ぐに着ていた薄手のパーカーを脱いで、僕の肩にかけてくれた。  そしてフードを被せてくれて、より一層匂いで包まれた。なんかさっきよりも、周りの連中の視線を感じる分恥ずかしいかもしれない。  そのためか金城くんの顔が見れない。だけど、もの凄く怒っているのは雰囲気で分かった。 「へえ、こいつと付き合ってんの? 従兄弟として、忠告しとくけど……止めておいた方がいいと思うよ」 「……お前には関係ない」 「こいつは……平気で浮気して自分が悪いことを、認めない卑怯な奴なんだよ」
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