14話 全力で楽しみたい

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14話 全力で楽しみたい

 僕が彼のTシャツの裾を引っ張ると、不思議そうに見つめてきた。僕はジーと見つめて、思ったままに告げた。 「僕が買いに行こうか?」 「俺が行きますよ」 「だって、顔赤いじゃん。無理せずに、待ってて」  僕がそう言って列から抜けようとすると、顔を更に真っ赤にしていた。やっぱ熱中症気味なのは、あんたの方じゃん。  自販機を見つけたから、そこでレモン水を見つけた。レモンか……鹿野のことを思い出した。  いいよね……他に、この状況に適したものないし……少しは前を向いて生きて行かないとね。そう思って、レモン水を購入した。  ジェットコースターのところに行くと、相当前の方に進んでいるようだった。めんどくさいな……あそこまで行くの。 「だけど、熱中症になったらそっちの方がめんどくさいか」  仕方ないから、人混みの中を掻き分けてやっと見つけた。腕を掴もうとしたけど、ちょうどよく進んでしまって掴み損ねる。  手を引こうとしたけど、直ぐに掴まれて引き寄せられた。階段のとこじゃなくて、よかった。  危ないもんな……でも完全に、胸にダイブする形になった。直ぐに恥ずかしくなって、距離を取ってペットボトルを渡した。 「冷たいですね」 「つっ……ほら、進んだから。行くよ」 「はーい」  僕が歩くと、その後ろをちょこちょこ追いかけてくる。その様子が本当に、子犬のようで可愛かった。  レモン水を、美味しいと言って飲んでいた。そして当たり前のように、僕の口元にペットボトルを持ってきた。  その光景が、まるでCMのように決まっていた。間接キスとは分かっていても、飲ませてもらった。  なんかここまでくると、どっちが年上か分からないよな……まあ別に、年上のプライドとかはないけど。 「俺たちの順番みたいですよ」 「うん、今行く」  順番が回ってきて、手招きされた。駆け寄っていくと、手を差し伸べられて乗せてくれた。  係員のお姉さんというか、同じぐらいだと思うけど……笑われてしまった。完全に、カップルって思われてそう。  恥ずかしい……まあいいか。どうせ、今日が終わったら会社に退職届出すつもりだし。今を楽しんで、後はもう知らないや。 「ヒャッホー!」 「……吐きそう」  僕はジェットコースター楽しかったけど、金城くんは辛かったみたい。結構楽しかったんだけどな。  三百六十度回転するやつ、スリル満点って感じで。近くのベンチに座って、彼に何故か膝枕をしてあげている。  ベンチに来たら、当たり前のように寝転んできた。正直、周りからの視線が痛いから恥ずかしいんだけど……。  この具合悪い人を、放置できないからいいんだけど……そう思っていると、いつの間にか彼に頬を触られていた。 「律さん、もう大丈夫そうです」 「……無理はしないでね」 「ありがとうございます」  頬に触られた手に、僕の手を重ねると暖かいなと感じた。前から思ってたけど、手の大きさが全然違うよね。  彼が優しく微笑んで起き上がって、隣に座り直した。そして僕の肩に頭を乗せて、優しく微笑んでいた。 「金城くん……お、お腹空かない?」 「そうですね。そんな時間ですね」  僕の言葉を聞いて立ち上がって、手を差し伸べてくれた。やっぱ、終始キラキラしているよね。  手を取って僕たちは、カフェに行った。そこで僕はサラダの上に、ひき肉を炒めたものがかかっているセット。  彼はホットドックセットを頼んだ。ちょうど良く空いているテラス席に座って、料理が出来るのを待っていた。 「今日、天気良くて良かったですね」 「……うん」 「律さん……その」  僕らの中に変な空気が流れ始める。金城くんが何を考えて、何を思っているのか……何も分からない。  好きだけど、このまま一緒にはいられない。だけどせめて、今日ぐらいは全力で楽しみたい。 「金城くん、今日は誘ってくれてありがとう」 「俺こそ、来てくれてありがとうございます」  僕らの中にあった変な空気が、一瞬にしてなくなったように感じた。そこで料理ができたようで、彼が取りに行ってくれた。  僕はテラス席で、晴れている空を見つめていた。この空とは真逆で僕の心は、黒く澱んでいるような気がした。  金城くんが本気で楽しんで、僕のことを考えているのに……そんなこと考えている自分が、とても情けないなと感じていた。 「律さん、持って来ましたよ」 「あっ……うん、ありがと」 「美味しそうな匂いがしますよ」  僕の前に置かれた料理からは、鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきている。僕たちは手を合わせて、それぞれの料理を食べ始めた。  美味しくて一気に不安が、なくなっていくような気がした。前を向くと、嬉しそうに僕を見つめている彼が目に入ってくる。  その眼差しが綺麗で思わず、目を逸らしてしまう。すると急に手を差し出して、僕の口元を拭った。 「な、何を」 「ミートソースが、付いていたので」 「……普通に言ってよ」 「ふふっ……律さんって、本当に可愛い」  そんなことを、ニコリと微笑みながら言うものだから……心臓が煩くなってくる。ただでさえ、夏真っ盛りなんだから……。  遅めの昼食? が終わって僕たちは、お化け屋敷に行くことになった。お化け屋敷か……正直怖いけど、子供っぽいって思われそう……。 「律さんは、お化け屋敷大丈夫な人ですか?」 「……ヒ、ヒトナミには」  完全に棒読みになってしまって、動揺しているの丸わかりじゃん。カッコ悪い……そんな僕に気がついたのか、にこやかに微笑んで言ってくれた。 「苦手なら、止めますか」 「だ、だいじょぶ」 「えっと、手震えてますし。そんながっしり腕を、組まれている状態で言われても」 「だいじょぶって、言ったらだいじょぶ」 「クスッ……分かりました。離さないで下さいね」  彼の言葉に何度も何度も、頷くとゆっくりと屋敷の中に入って行った。正直、今すぐに逃げ出したかった。  それでも彼の甘い匂いがあるから、凄く心が落ち着きを取り戻せた。血飛沫や悲鳴などが聞こえてきて、ほぼほぼ目を閉じていた。 「怖いのなら、途中で出れますよ」 「だ、だいじょぶ」 「大丈夫そうに見えないんですが」  確実に足がガクガクしていて、上手く歩くことができない。それでも変な意地で、しがみついていた。 「しっかり、掴まってくださいね」 「えっ? ちょっ」
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