19話 傷つきたくないから

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19話 傷つきたくないから

 そのまま胸の中にすっぽり収まって、甘い匂いが全身を包み込んでいるように思えた。  そこでふと、彼の視線がソファの前のテーブルに釘付けになっているのが目に入った。そこには、凛斗が持ってきた写真が無造作に置いてある。 「律さん、この写真は何ですか」 「……別に、何でも」 「何でもあるだろ!」  そう言われてビクンと、体が跳ねてしまう。怖い……怒ってる……怒りで顔が真っ赤になっていて、条件反射で震えてしまう。  その様子に気がついたのか、直ぐに優しく抱きしめてくれた。すると震えていたのが、嘘のように落ち着きを取り戻した。 「その、怒鳴ってごめんなさい」 「僕の方こそ、拒絶して……ごめん」 「いいんですよ……理由はこの写真ですか」 「うん……郵送で送られてきた」  凛斗が持ってきたって、素直に言うとよくないような気がした。胸に罪悪感が広がっていくけど、仕方ないって納得するしかない。  何かを考えているようで、真面目な顔をしていた。やっぱ、僕この人のこと好きだわ……。  それでもやっぱ、浮気してたのかな……そう思ったら、急激に悲しくなってしまう。すると体を離されて、顔を強制的に見ると悲しそうにしていた。 「俺が浮気したって、思ったんですか」 「……そ、それは」 「怒らないんで、教えて下さい」 「……うん、ごめん」  悲しそうにしているのを見て、胸がざわっとしてしまった。すると次の瞬間、両方のほっぺをむぎゅっとされた。 「あに、して」 「言いましたよね? 何があっても、裏切らないって」 「そ……れは」 「昴のことがあるから、簡単には信じてもらえないとは分かってました……」  その言葉に、何も言い返すことができずに目を逸らしてしまう。そうじゃないんだよ……あいつのことなんか、もうどうも思ってない。  僕は金城くんのことが、好きなんだ……信じたいって思うから、余計に信じることができない自分自身にイラついてしまう。 「どこの誰が送ってきたか、分からない……こんな写真の方が俺の言葉よりも、信じてしまうんですね」 「ちがっ……うんだよ」 「律さん、俺は責めてるわけじゃない。律さんが……俺のわがままで、付き合ってくれているのも分かってますから」  自虐的に無理に笑っていて、胸が締め付けられるような気持ちになった。そんなことないのに、僕は間違いなく君が好きなのに……。  素直になることができない自分が、本当に嫌になってくる。もっと素直に伝えたら、こんな風に傷つかずに済むのかな。 「そんなことない……僕は金城くんのこと……す、きだよ」 「じゃあ、透真って呼んでください」 「つっ……無理だよ……ハードルが」 「湊のことは、呼んでるのに……俺のことは、呼べないんですね」  少し拗ねている彼が、可愛くてキュンとしてしまう。それでも簡単には、呼ぶことができない。 「湊くんは、推しだから……別次元」 「お……し?」 「と、とにかく……湊くんと、その……また、違うというか」  キョトンとしていて、一般人に推しという概念は理解できないよね。推しと恋とは、また別次元の話だから。  まあその論争はまた後で、考えるとするとして……今は素直になるべき時なのかな……。  でも今呼ばないと、このまま離れてしまうような気がした。タジタジだったけど、頑張ってみることにする。 「とう……ま……くん」 「つっ……名前呼びは、追々でいいです」  必然的に彼の胸に両手を置いて、上目遣いでしどろもどろになりながらも頑張った。一生分の勇気を、使ったような気がする。  それなのに、何故か後でいいと言われた。顔を茹でたこみたいに赤くしていて、なんかとてつもなく可愛い。  少し虐めたくなったけど、その衝動を必死に抑え込む。名前呼び以前の問題で、この写真の意味が知りたい。 「この……写真って」 「まあ、合成とかコラージュの類ではないです」  やっぱ、親密な間柄ってことなのかな……そう思って泣きそうになっていると、優しく抱きしめられた。 「えっと、本当は言いたくなかったですけど……本当のこと言います」 「うん……覚悟はできてる」 「この女性は高校の同級生で、結婚相談所に勤めてます」 「へ?」  予想の斜め上どころか、大気圏突入するんじゃないってぐらい外れた回答だった。それから詳しく話を聞いてみると、自分がどれだけ勘違いをしてたのか分かった。  誰とも付き合ったことがない、かなし……透真くんは、既婚者で結婚相談所に勤めているプロに頼ったらしい。  ホテル街に行っている写真は、その近くの居酒屋で相談料ということで奢ったらしい。帰りには旦那さんが迎えに来て、二十二時前にはお開きになったらしい。  そうとは知らずに、暴走してた自分が馬鹿みたいじゃん。そう思ったから、少しジト目で聞いてみる。 「ならなんで、先に言ってくれなかったの」 「相談してたなんて、恥ずかしいので言いたくなかったんです」  何それ……なんか、可愛いんだけど……要するに僕に、カッコ悪いとこ見せたくなかったってこと?  その想いだけでお腹いっぱいだし、恥ずかしくなってしまう。すると優しく抱き寄せられて、顔を見て微笑みながら言われた。 「不安なことを伝えることは、難しいと思います。それでも、頼って欲しいです」 「とう……まくん」 「年下で頼りないかもしれな」 「そんなことない! そんなことないよ……」  いつだって真っ直ぐな貴方に、何度救われてきたか。年下とか関係なく、透真くんは頼り甲斐があるよ。  いつも引っ張っていってくれるし……引っ込みがちな僕の思考を、優しく包み込んでくれるし。 「頼り方が、分からないんだよ……僕は今まで、誰かに頼ることを拒否してきたから」 「理由を聞いてもいいですか」 「……誰とも恋愛する気がなかったから」  一人で生きていく為には、誰かに依存したり頼ったりすることを止めないといけない。そんなのはただの言い訳なんだよね。  ――――ただ僕は、傷つきたくないから。 「素直な気持ちを伝えることが大切です。俺のことを、もっともっと頼って下さい」 「いいの……僕の方が、年上なのに」 「寧ろ、俺は律さんの助けになりたいんです」  自然と僕たちは、目を合わせていた。静かに顔が近づいて、メガネを外された。頭と腰を支えられて、優しく目を閉じる。
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