528人が本棚に入れています
本棚に追加
19話 傷つきたくないから
そのまま胸の中にすっぽり収まって、甘い匂いが全身を包み込んでいるように思えた。
そこでふと、彼の視線がソファの前のテーブルに釘付けになっているのが目に入った。そこには、凛斗が持ってきた写真が無造作に置いてある。
「律さん、この写真は何ですか」
「……別に、何でも」
「何でもあるだろ!」
そう言われてビクンと、体が跳ねてしまう。怖い……怒ってる……怒りで顔が真っ赤になっていて、条件反射で震えてしまう。
その様子に気がついたのか、直ぐに優しく抱きしめてくれた。すると震えていたのが、嘘のように落ち着きを取り戻した。
「その、怒鳴ってごめんなさい」
「僕の方こそ、拒絶して……ごめん」
「いいんですよ……理由はこの写真ですか」
「うん……郵送で送られてきた」
凛斗が持ってきたって、素直に言うとよくないような気がした。胸に罪悪感が広がっていくけど、仕方ないって納得するしかない。
何かを考えているようで、真面目な顔をしていた。やっぱ、僕この人のこと好きだわ……。
それでもやっぱ、浮気してたのかな……そう思ったら、急激に悲しくなってしまう。すると体を離されて、顔を強制的に見ると悲しそうにしていた。
「俺が浮気したって、思ったんですか」
「……そ、それは」
「怒らないんで、教えて下さい」
「……うん、ごめん」
悲しそうにしているのを見て、胸がざわっとしてしまった。すると次の瞬間、両方のほっぺをむぎゅっとされた。
「あに、して」
「言いましたよね? 何があっても、裏切らないって」
「そ……れは」
「昴のことがあるから、簡単には信じてもらえないとは分かってました……」
その言葉に、何も言い返すことができずに目を逸らしてしまう。そうじゃないんだよ……あいつのことなんか、もうどうも思ってない。
僕は金城くんのことが、好きなんだ……信じたいって思うから、余計に信じることができない自分自身にイラついてしまう。
「どこの誰が送ってきたか、分からない……こんな写真の方が俺の言葉よりも、信じてしまうんですね」
「ちがっ……うんだよ」
「律さん、俺は責めてるわけじゃない。律さんが……俺のわがままで、付き合ってくれているのも分かってますから」
自虐的に無理に笑っていて、胸が締め付けられるような気持ちになった。そんなことないのに、僕は間違いなく君が好きなのに……。
素直になることができない自分が、本当に嫌になってくる。もっと素直に伝えたら、こんな風に傷つかずに済むのかな。
「そんなことない……僕は金城くんのこと……す、きだよ」
「じゃあ、透真って呼んでください」
「つっ……無理だよ……ハードルが」
「湊のことは、呼んでるのに……俺のことは、呼べないんですね」
少し拗ねている彼が、可愛くてキュンとしてしまう。それでも簡単には、呼ぶことができない。
「湊くんは、推しだから……別次元」
「お……し?」
「と、とにかく……湊くんと、その……また、違うというか」
キョトンとしていて、一般人に推しという概念は理解できないよね。推しと恋とは、また別次元の話だから。
まあその論争はまた後で、考えるとするとして……今は素直になるべき時なのかな……。
でも今呼ばないと、このまま離れてしまうような気がした。タジタジだったけど、頑張ってみることにする。
「とう……ま……くん」
「つっ……名前呼びは、追々でいいです」
必然的に彼の胸に両手を置いて、上目遣いでしどろもどろになりながらも頑張った。一生分の勇気を、使ったような気がする。
それなのに、何故か後でいいと言われた。顔を茹でたこみたいに赤くしていて、なんかとてつもなく可愛い。
少し虐めたくなったけど、その衝動を必死に抑え込む。名前呼び以前の問題で、この写真の意味が知りたい。
「この……写真って」
「まあ、合成とかコラージュの類ではないです」
やっぱ、親密な間柄ってことなのかな……そう思って泣きそうになっていると、優しく抱きしめられた。
「えっと、本当は言いたくなかったですけど……本当のこと言います」
「うん……覚悟はできてる」
「この女性は高校の同級生で、結婚相談所に勤めてます」
「へ?」
予想の斜め上どころか、大気圏突入するんじゃないってぐらい外れた回答だった。それから詳しく話を聞いてみると、自分がどれだけ勘違いをしてたのか分かった。
誰とも付き合ったことがない、かなし……透真くんは、既婚者で結婚相談所に勤めているプロに頼ったらしい。
ホテル街に行っている写真は、その近くの居酒屋で相談料ということで奢ったらしい。帰りには旦那さんが迎えに来て、二十二時前にはお開きになったらしい。
そうとは知らずに、暴走してた自分が馬鹿みたいじゃん。そう思ったから、少しジト目で聞いてみる。
「ならなんで、先に言ってくれなかったの」
「相談してたなんて、恥ずかしいので言いたくなかったんです」
何それ……なんか、可愛いんだけど……要するに僕に、カッコ悪いとこ見せたくなかったってこと?
その想いだけでお腹いっぱいだし、恥ずかしくなってしまう。すると優しく抱き寄せられて、顔を見て微笑みながら言われた。
「不安なことを伝えることは、難しいと思います。それでも、頼って欲しいです」
「とう……まくん」
「年下で頼りないかもしれな」
「そんなことない! そんなことないよ……」
いつだって真っ直ぐな貴方に、何度救われてきたか。年下とか関係なく、透真くんは頼り甲斐があるよ。
いつも引っ張っていってくれるし……引っ込みがちな僕の思考を、優しく包み込んでくれるし。
「頼り方が、分からないんだよ……僕は今まで、誰かに頼ることを拒否してきたから」
「理由を聞いてもいいですか」
「……誰とも恋愛する気がなかったから」
一人で生きていく為には、誰かに依存したり頼ったりすることを止めないといけない。そんなのはただの言い訳なんだよね。
――――ただ僕は、傷つきたくないから。
「素直な気持ちを伝えることが大切です。俺のことを、もっともっと頼って下さい」
「いいの……僕の方が、年上なのに」
「寧ろ、俺は律さんの助けになりたいんです」
自然と僕たちは、目を合わせていた。静かに顔が近づいて、メガネを外された。頭と腰を支えられて、優しく目を閉じる。
最初のコメントを投稿しよう!