29話 透真side(8) 頼り甲斐のある恋人

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29話 透真side(8) 頼り甲斐のある恋人

 何故隠そうとするのか、分からないが……律さんが傷つくと、分かってやってるのが明白だ。  何より律さんが、傷つくところを見たくない。好きだったら、それが普通だと思うんだが……。  藤島の考え方が、一生理解できないと思う。したくもないし、話したくもない……律さんが、仲良くしたいなら止めないが嫌なのなら離したい。 「俺が浮気したって、思ったんですか」 「……そ、それは」 「怒らないんで、教えて下さい」 「……うん、ごめん」  昴にされたことが、心の中で律さんを苦しめてる。俺じゃその不安を完全に、消すことは出来ないのだろうか。  そう思ったら、少し寂しい気持ちになった。律さんの頬を触って、むぎゅむぎゅすると柔らかくてスベスベだった。 「あに、して」 「言いましたよね? 何があっても、裏切らないって」 「そ……れは」 「昴のことがあるから、簡単には信じてもらえないとは分かってました……」  俺のこと信じてくれないのかな……。どうしたら、信用って得ることができるのだろうか……。  律さんからの信頼と信用が欲しい。もっと頼って欲しい……。律さんにイライラしてるわけじゃなく、不甲斐ない自分にイライラしてしまう。  つい律さんに、酷い言い方をしてしまった。律さんが本当に、俺のことが好きなのか分からない。  不安になってきて、胸が締め付けられるような感覚になった。俺の独りよがりなのかもしれない。 「そんなことない……僕は金城くんのこと……す、きだよ」 「じゃあ、透真って呼んでください」  律さんは湊のことを、下の名前で呼んでいる。だけど俺のことは、いつになっても金城くんって呼んでいる。  それにどこか距離などの、埋められないものを感じてしまう。それって結局、俺に対して何処か遠慮してるってことだろ。  まあ顔を赤らめながら、俺のこと好きって言ってくれた。それだけで心が躍ってしまうから、恋が盲目って本当なんだなと感じてしまう。 「湊くんは、推しだから……別次元」 「お……し?」 「と、とにかく……湊くんと、その……また、違うというか」  おし? って、なんだ? 押し? 惜し? じゃないよな。俺がポカンとしていると、律さんがモジモジしながら名前を呼んでくれた。 「とう……ま……くん」 「つっ……名前呼びは、追々でいいです」  俺の胸に両手を置いて、上目遣いでしどろもどろになっていた。その様子が可愛くて、愛おしくて全身が沸騰する感覚になった。  写真についてのことを、説明すると納得してくれたようだった。やましいことなんて、一つもないから。  それに俺の目には、昔も今もこれからも律さんのことしか映らないから。律さんにも、俺以外見えないといいな。 「相談してたなんて、恥ずかしいので言いたくなかったんです」  年下で頼りないなんて、思われたくなくて……何も言わなかったことが、裏目に出てしまった。 「年下で頼りないかもしれな」 「そんなことない! そんなことないよ……」  律さんが本気で言ってくれているのが、分かって俺は嬉しくなってしまう。律さんにとって、頼れる存在になりたい。 「頼り方が、分からないんだよ……僕は今まで、誰かに頼ることを拒否してきたから」 「理由を聞いてもいいですか」 「……誰とも恋愛する気がなかったから」  誰とも恋愛する気がなかったか……俺もそうだったが、律さんと出会って考えが変わった。  律さんを守りたい。律さんを幸せにしたい。他の誰かじゃなくて、俺が律さんの一番になりたい。 「素直な気持ちを伝えることが大切です。俺のことを、もっともっと頼って下さい」 「いいの……僕の方が、年上なのに」 「寧ろ、俺は律さんの助けになりたいんです」  年上って感じがしないけどな……可愛すぎて。それに来年三十歳には見えないよな。本見れば見るほど、可愛くて仕方がなくなってくる。  甘酸っぱいチョコの香りが、広がってきて……変な気分になってしまう。自然と俺たちは、目を合わせていた。  静かに顔が近づいて、メガネを外した。頭と腰を支えられて、優しく目を閉じてくれた。  優しく触れるだけのキスをすると、律さんが色っぽくなった。初めての経験で、焦ってしまったかと思ったがなんとか出来たと思う。 「さて、準備するか」  律さんが目を閉じて、スヤスヤと寝息を立てていた。その寝顔が可愛くて、おでこにキスをした。  立ち上がって、崩れた衣服を治した。目が覚めたら直ぐに、ご飯とお風呂に入れるように準備しよう。まずはお湯を沸かして、水で少し薄めて……と。  律さんの体を綺麗に拭いて、もう一度寝かした。キッチンに行って、簡単なものを作ることにした。 「確か……この辺に」  味噌と出汁を準備して、中身は豆腐とわかめでいいかな。他には夜も遅くなってきたし、重たいものじゃないほうがいいよな。  野菜炒めがいいかな……人の家で勝手なことするのも、良くないと思うが……何度か、作ってるし大丈夫だろう。  準備ができたから、お水を持って行くと律さんが起きていたようだった。ゆっくりと起こして、腰を支えて水を飲ませた。  目を凝らしているのに、気がついて声をかけた。もう何をしてても、もの凄く可愛い。 「どうしました?」 「見えない」 「あー、はい。どうぞ」 「ありがと」  メガネをかけてあげると、俺の顔を見て驚いているように見えた。何故か、距離を取ろうしたみたいで腰を抑えていた。 「つっー」 「無茶しないで、下さいね」  優しく抱きしめると、胸の中にすっぽり収まった。気をつけていたつもりだけど、初めてだったから加減を間違えたらしい。  お腹が空いたらしくて、俺の作ったご飯を美味しそうに食べてくれた。誰かのために作るって、こんなに心が満たされるもんなんだな。  お風呂の加減を確認して戻ってきて、律さんの隣に座って肩に頭を乗せた。そして思っていることを、伝えてみる。 「律さん、その……合鍵とか貰ってもいいですか」 「合鍵か……」 「締め切りに追われて、倒れてたりするじゃないですか」 「確かに……」  律さんの役に立ちたいし、仕事以外の日に中々会えない。何か口実が欲しい……藤島に全てやらせたくない。 「渡さなくていいと思う」 「……そうですか」  完全に藤島への対抗意識だったが、そんなに否定しなくてもいいのに。そう思って落ち込んでいると、律さんが甘えてきた。  上目遣いになって、それだけで癒された。なんでこの人、こんなに可愛いのか不思議だ。 「お風呂行きたいんだけど、連れて行って」 「はい。分かりました」  本当に可愛くて、律さんの真意はわからないが……今はいいかなと思ってしまった。  これから長い年月をかけて、ゆっくりと信頼してもらえるように頑張ろう。律さんに頼り甲斐のある恋人だと思ってもらえるように。
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