527人が本棚に入れています
本棚に追加
29話 透真side(8) 頼り甲斐のある恋人
何故隠そうとするのか、分からないが……律さんが傷つくと、分かってやってるのが明白だ。
何より律さんが、傷つくところを見たくない。好きだったら、それが普通だと思うんだが……。
藤島の考え方が、一生理解できないと思う。したくもないし、話したくもない……律さんが、仲良くしたいなら止めないが嫌なのなら離したい。
「俺が浮気したって、思ったんですか」
「……そ、それは」
「怒らないんで、教えて下さい」
「……うん、ごめん」
昴にされたことが、心の中で律さんを苦しめてる。俺じゃその不安を完全に、消すことは出来ないのだろうか。
そう思ったら、少し寂しい気持ちになった。律さんの頬を触って、むぎゅむぎゅすると柔らかくてスベスベだった。
「あに、して」
「言いましたよね? 何があっても、裏切らないって」
「そ……れは」
「昴のことがあるから、簡単には信じてもらえないとは分かってました……」
俺のこと信じてくれないのかな……。どうしたら、信用って得ることができるのだろうか……。
律さんからの信頼と信用が欲しい。もっと頼って欲しい……。律さんにイライラしてるわけじゃなく、不甲斐ない自分にイライラしてしまう。
つい律さんに、酷い言い方をしてしまった。律さんが本当に、俺のことが好きなのか分からない。
不安になってきて、胸が締め付けられるような感覚になった。俺の独りよがりなのかもしれない。
「そんなことない……僕は金城くんのこと……す、きだよ」
「じゃあ、透真って呼んでください」
律さんは湊のことを、下の名前で呼んでいる。だけど俺のことは、いつになっても金城くんって呼んでいる。
それにどこか距離などの、埋められないものを感じてしまう。それって結局、俺に対して何処か遠慮してるってことだろ。
まあ顔を赤らめながら、俺のこと好きって言ってくれた。それだけで心が躍ってしまうから、恋が盲目って本当なんだなと感じてしまう。
「湊くんは、推しだから……別次元」
「お……し?」
「と、とにかく……湊くんと、その……また、違うというか」
おし? って、なんだ? 押し? 惜し? じゃないよな。俺がポカンとしていると、律さんがモジモジしながら名前を呼んでくれた。
「とう……ま……くん」
「つっ……名前呼びは、追々でいいです」
俺の胸に両手を置いて、上目遣いでしどろもどろになっていた。その様子が可愛くて、愛おしくて全身が沸騰する感覚になった。
写真についてのことを、説明すると納得してくれたようだった。やましいことなんて、一つもないから。
それに俺の目には、昔も今もこれからも律さんのことしか映らないから。律さんにも、俺以外見えないといいな。
「相談してたなんて、恥ずかしいので言いたくなかったんです」
年下で頼りないなんて、思われたくなくて……何も言わなかったことが、裏目に出てしまった。
「年下で頼りないかもしれな」
「そんなことない! そんなことないよ……」
律さんが本気で言ってくれているのが、分かって俺は嬉しくなってしまう。律さんにとって、頼れる存在になりたい。
「頼り方が、分からないんだよ……僕は今まで、誰かに頼ることを拒否してきたから」
「理由を聞いてもいいですか」
「……誰とも恋愛する気がなかったから」
誰とも恋愛する気がなかったか……俺もそうだったが、律さんと出会って考えが変わった。
律さんを守りたい。律さんを幸せにしたい。他の誰かじゃなくて、俺が律さんの一番になりたい。
「素直な気持ちを伝えることが大切です。俺のことを、もっともっと頼って下さい」
「いいの……僕の方が、年上なのに」
「寧ろ、俺は律さんの助けになりたいんです」
年上って感じがしないけどな……可愛すぎて。それに来年三十歳には見えないよな。本見れば見るほど、可愛くて仕方がなくなってくる。
甘酸っぱいチョコの香りが、広がってきて……変な気分になってしまう。自然と俺たちは、目を合わせていた。
静かに顔が近づいて、メガネを外した。頭と腰を支えられて、優しく目を閉じてくれた。
優しく触れるだけのキスをすると、律さんが色っぽくなった。初めての経験で、焦ってしまったかと思ったがなんとか出来たと思う。
「さて、準備するか」
律さんが目を閉じて、スヤスヤと寝息を立てていた。その寝顔が可愛くて、おでこにキスをした。
立ち上がって、崩れた衣服を治した。目が覚めたら直ぐに、ご飯とお風呂に入れるように準備しよう。まずはお湯を沸かして、水で少し薄めて……と。
律さんの体を綺麗に拭いて、もう一度寝かした。キッチンに行って、簡単なものを作ることにした。
「確か……この辺に」
味噌と出汁を準備して、中身は豆腐とわかめでいいかな。他には夜も遅くなってきたし、重たいものじゃないほうがいいよな。
野菜炒めがいいかな……人の家で勝手なことするのも、良くないと思うが……何度か、作ってるし大丈夫だろう。
準備ができたから、お水を持って行くと律さんが起きていたようだった。ゆっくりと起こして、腰を支えて水を飲ませた。
目を凝らしているのに、気がついて声をかけた。もう何をしてても、もの凄く可愛い。
「どうしました?」
「見えない」
「あー、はい。どうぞ」
「ありがと」
メガネをかけてあげると、俺の顔を見て驚いているように見えた。何故か、距離を取ろうしたみたいで腰を抑えていた。
「つっー」
「無茶しないで、下さいね」
優しく抱きしめると、胸の中にすっぽり収まった。気をつけていたつもりだけど、初めてだったから加減を間違えたらしい。
お腹が空いたらしくて、俺の作ったご飯を美味しそうに食べてくれた。誰かのために作るって、こんなに心が満たされるもんなんだな。
お風呂の加減を確認して戻ってきて、律さんの隣に座って肩に頭を乗せた。そして思っていることを、伝えてみる。
「律さん、その……合鍵とか貰ってもいいですか」
「合鍵か……」
「締め切りに追われて、倒れてたりするじゃないですか」
「確かに……」
律さんの役に立ちたいし、仕事以外の日に中々会えない。何か口実が欲しい……藤島に全てやらせたくない。
「渡さなくていいと思う」
「……そうですか」
完全に藤島への対抗意識だったが、そんなに否定しなくてもいいのに。そう思って落ち込んでいると、律さんが甘えてきた。
上目遣いになって、それだけで癒された。なんでこの人、こんなに可愛いのか不思議だ。
「お風呂行きたいんだけど、連れて行って」
「はい。分かりました」
本当に可愛くて、律さんの真意はわからないが……今はいいかなと思ってしまった。
これから長い年月をかけて、ゆっくりと信頼してもらえるように頑張ろう。律さんに頼り甲斐のある恋人だと思ってもらえるように。
最初のコメントを投稿しよう!