3話 乗り気じゃない

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3話 乗り気じゃない

「何かあったのか」 「……律の彼氏の、鹿野先輩がさ……知らない女の子と、デートしてるのを見たんだ」 「えっ……」  凛斗の言っていることを、上手く脳が処理してくれない。これ以上何も聞きたくないし……何も考えたくない。  その瞬間、鹿野から電話があった。スマホの画面を見て、ポツリポツリと涙が溢れてくる。  そんな僕を凛斗は、優しく抱きしめてくれた。気がつくと寝てしまったようで、凛斗が布団をかけてくれたようだった。 「で……んわ」 「しなくていいよ」 「で……でも、何かの誤解かも」 「辛いけど、現実だよ」  とにかくその日は、食事も喉を通らなくて何も出来なかった。次の日、僕は風邪を引いてしまったらしい。  一週間、完全に寝てしまっていた。本当は学校に行きたくなかったけど、僕は意を決して教室へと向かう。  ドアを開けると、騒がしかった教室が一気に静かになった。僕は何があったのか知らないけど、自分の席に座った。  周りからは変な目で見られて、何やらヒソヒソと話されていた。理由は分からないけど、居心地が悪かった。 「お前、よく来れたよな」 「えっ……」  声のする方を見ると、鹿野が鬼の形相で睨んでいた。僕は訳が分からなくて、只々困惑していた。 「だんまりかよ……最悪だよ。マジで、お前なんかと付き合ってたかと思うと……虫唾が走る」 「まっ……僕が何したって、言うんだよ」 「は? 自分のやったことも分かんないのかよ。これだから、Ωは信用できない」  なんだよ……それ、浮気したのはそっちじゃん。それなのに、僕が悪いみたいな……僕がΩだから、いけないのかな。  何も考えたくなくて、僕は教室を後にした。廊下で小笠原にぶつかったけど、何も言いたくなかった。 「宮澤、だいじょ」 「……放っておいて」 「……俺は信じてるから」  小笠原の言った意味が、分からなかった。そんなことはどうでもよくて、家に帰って泣くことしか出来なかった。  その後も学校にも行きたくなくて、完全な不登校になった。両親と凛斗の勧めで、転校することになった。  そこで僕を心配した凛斗も、一緒に転校してくれることになった。悪いとは思いつつも、流れに身を任せるしかなかった。 「俺と一緒に、行こう」 「うん、ありがと」 「いいってことよ。こういう時の幼なじみだろ」  高校で転校なんて本当は嫌なはずなのに、僕のためにしてくれて……こいつのことだけは、何があっても信じようと思った。  それでも一人で、登校する勇気が出なかった。結局僕は一つ学年を下げて、本当のことは伏せて一年遅れで凛斗と残りの高校生活を満喫した。  幸いなことに転校先では、凛斗もいてくれたお陰で平穏に過ごせた。それから高校を卒業してから、僕はアニメの専門学校に入ることにした。 「俺も行かなくていいのか」 「いいよ、凛斗は自分のやりたいことをやってよ」 「分かった。でも何かあったら、言えよ。後……恋人は」 「分かってるよ。絶対に誰とも、付き合わない」  凛斗は僕を心配してくれたけど、これから長い人生。自分で頑張らないと、いけないと思った。  凛斗は大学三年になり、僕は専門学校を卒業した。それからwebデザインを学ぶために、三ヶ月の講座を受けた。  僕は同人作家をしつつ、一年後にあの天下の帝財閥の運営する会社に入社した。たまたま同期として、入ったのがなんの因果か小笠原蒼介だった。 「宮澤、元気そうでよかったよ」 「……何も言わないでよ」 「分かってるよ」  こいつだけは、影口言わなかったから一応信じてあげる。  まあ同期とはいえ、試用期間だけ出社で後は月数回だから会うことは滅多にないだろうし。  浅く付き合っていけばいいと、自分を納得させた。そして今現在に至る……僕は一人暮らしの部屋のベッドで項垂れていた。  ――――αは全員敵だ。  凛斗に飲み会に呼んだことを謝られたが、凛斗が悪い訳じゃない。もちろん、あの透真とかいう新入社員が悪いわけでもない。 「分かってるけど……受け入れられない」  それから早いもので、ゴールデンウィークになった。両親に呼ばれて実家に行くと、あれよあれよという間に着物に着替えさせられた。  よく分からないけど、高級料亭に連れて来られた。座敷に座らせられて、喜んでいる両親を見る。その光景を、不思議に思いつつ聞いてみた。 「急に呼びつけて、何の用なの」 「お見合いよ」 「……は?」  お見合いってあの、結婚前提のやつだよね。ありえない……鹿野のこと知ってるだろ。心配かけているのも分かってるけど……。  誰とも付き合うつもりもないし、結婚なんてするはずない。そう思って立ち上がると、親父に宥められた。 「相手の方のご両親には、仕事でお世話になってる」 「そうなのよ。それに、相手の方は素敵な方よ」 「お世話になってるとか、素敵とか関係ない」 「まあまあ、律の気持ちも分かるが……」  とりあえず、もう一度座って両親のメンツのために参加するだけはしようと思った。  別にお見合いしたからって、絶対に結婚するわけじゃないし。そう思って待っていると、お見合い相手が来たようだった。  どこかで嗅いだことがある、甘い香りが漂ってくる。まさか……そう思っていると、入ってきたのは透真と呼ばれた運命の番だった。 「……なんで」 「……宮澤先輩」 「あら、お知り合い?」 「あっ、はい。会社の先輩です」  只々困惑していると、僕抜きで話が進んでいた。名前は金城透真で、広瀬くんの幼なじみらしい。  悪い奴じゃないのは、なんとなく分かった。だけど、それとこれとは別のお話である。  むせかえるような甘い匂いが、部屋に充満していた。それでも嫌じゃないのは、運命の番だからだろう。  気がつくと会食も終盤になっていて、適当に相槌を打っていた。何も話を聞いてなくて、何故か二人っきりにされた。 「あ、あの……宮澤先輩」 「君が悪いわけじゃないけど、結婚なんてする気ないから」 「分かってますよ。俺だって、乗り気じゃないですし」  そう言われてなんか、無性に腹が立ってしまった。何それ、乗り気じゃないって……僕が振られるみたいな感じなの?
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