33話 桃色先生

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33話 桃色先生

 あれから彼に助けてもらって、なんとか同人誌ができた。ギリギリまで描いていたから、寝不足だけどなんとかなると思う。 「律さん、会場まで寝てていいよ」 「う……ん」  電車に乗ってるんだけど、早い時間だからか空いている。座ってるんだけど、あまりの眠気に彼の肩に頭を乗せている。  悪いとは思いつつも、売り子まで頼んだのだ。凛斗には頼みづらいし、かと言って僕一人では絶対にできない。  頼ってくれて嬉しいと言ってくれたから、つい甘えてしまった。僕の方が年上なのに、こんなに甘えていいのかな。  そう思いつつも、この甘い香りを嗅ぐと心地よくなってしまう。優しく頭を撫でてくれて、気持ちよくなってしまう。 「律さん、着くよ」 「う〜ん……後五分」 「遅れるよ」 「う〜ん……分かった」  軽く背伸びをして、僕は寝ぼけ眼を擦って彼に手を引かれて歩き出す。すると暫くして、だんだんと目が覚めてきた。  もの凄く、恥ずかしいことをしたような気がする。だって、いろんな人にクスクスと笑われているし。 「律さん、何番とかあるのか?」 「あっ……えっと、今日は」  今回はいわゆる誕生日席と言って、端っこの場所になった。花形と言われる壁サーの前になってしまった。  まあ僕は負け惜しみじゃないけど、完全に趣味の範囲でやってるから特に気にしないけど。 「律さん、これ被って」 「え? キャップ?」 「うん、被って」  よく分からないけど、ニコニコ笑顔の彼が黄色のキャップを被せてきた。よく分かんないけど、素直に言うことを聞くことにした。  彼を道案内してサークルのとこに行くと、既に凛斗が来て会場を設営してくれていた。  どうしよう……なんか、若干気まずいな。そう思って立ちすくんでいると、それに気がついた凛斗に声をかけられた。 「そんなとこでぼさっとしてないで、準備しろよ。金城も早く」 「あっ……うん」 「はいっ!」  凛斗の的確な指示で透真くんも、準備を手伝ってくれた。凛斗はいつも通りに、僕のためにやってくれている。  距離を置く云々は一旦置いておいて、今日はお礼を言うべきかな……そう思って隣にいる凛斗に声をかける。 「その……今日は、ありがと」 「なんだ? 今日は、雨でも降るのか」 「はあ? どういう意味?」 「律が珍しくお礼を言ったから」 「僕だって、言う時は言うよ」  もうっ……人とのことなんだと思ってるのかな。とは思いつつも、怖い時はあるけどやっぱいい奴なんだよな。 「律さん、これはどうすればいいの」 「あー、それね。ここにこうやって」  凛斗と話していると、少しムスッとした彼に声をかけられた。どうしたんだろうと思った。  分からない場所で、分からないことをしてるから不安なのかなと思った。可愛いよね……キュンとしてしまった。 「なるほど……それで、この名前? って、誰の」  彼が指差してきたのは、僕のサークル名が書かれた紙だった。そっかサークル名とか、知らないよね……。  なんか改めて聞かれると、少し恥ずかしいかも……そう思っていると、近くのサークルの人に声をかけられた。 「桃色先生、今日はお一人イケメンが増えてますな〜羨ましいなあ」 「褐色先生こそ、壁サーいいですね」 「いやいや、前回は有名作品やったから売れたんすよ」 「またまた、ご謙遜を〜」  今話してるのは、毎度会っている有名サークルの人だ。褐色先生は、ゴリゴリマッチョのBLしか興味がない只の貴腐人だ。  いつも細マッチョの凛斗を見て、何やら妄想している。今もなお、僕と会話しつつ凛斗を変な目で見ている。 「律さん、お知り合いなのか」 「ああ、うん。紹介するよ。超人気サークルの、褐色先生だよ。褐色先生、こっちが僕の……その」 「初めまして、律さんの恋人の金城です。よろしくお願いします」 「親しげだとは思ったけど……ふむふむ、なかなかいい筋肉をお持ちの恋人さんで。羨ましいなあ」  彼は何故か恋人と言う言葉だけを、強調して自己紹介していた。褐色先生は、筋肉のことしかない変態だからいいとして……。  僕の肩に手を置きながら、ニコリと微笑む彼を見て凛斗が睨んでいた。なんでこの二人って、こんなに険悪ムードなのだろうか。 「おっといけない! そろそろ、お暇しますわ」 「はい、また今度」  褐色先生はニコリと……いや、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて自分のサークルに戻って行った。  相変わらず、元気な人だなあと思っていた。そんな時に、彼に不思議そうに声をかけられた。 「律さんの名前の、桃色ってどういう意味?」 「あー……ほら、僕ピンクが好きだから」 「そうなのか……確かに、カーテンとかもピンクだもんな」 「そうそう」  言えない……十八禁の作品書いてるから、桃色にしたなんて。しかも今回の作品、凛斗や褐色先生は気づいていると思うけど。  彼と僕の物語だし……しかもかなりエロいやつにしたから、彼に見られないようにしないと。  僕の願望というか、妄想というか……付き合うことなんて、叶わないって思ってた時に考えたから。  下手すると、社会的に死ぬような気がする。彼の場合、引くことはないと思うけど……。恥ずかしくて、死んでしまうかもしれない。 「先生、桃色先生。時間」 「うっ、はい」 「律さんは、ここに」  色々と考えていると、凛斗に声をかけられた。我に返って凛斗の隣の椅子に、座ろうとした。  何故か、彼に端っこの椅子に座るように促された。当たり前のように僕の隣に座って、鼻歌を歌っていた。  そして何故か凛斗と睨み合って、火花が見えた。僕が不思議に思っていると、僕を見てニコリと微笑んで肩を組んできた。 「ここでは桃色先生って、呼んだ方がいいのか」 「うん……そうして」 「桃色先生って、なんかいいな」 「意味が分からない」  彼の言っている意味が分からなくて、ひたすら頭に? を浮かべていた。そんな会話をしていると、一気に人の波が押し寄せてきた。  なんか心なしか、いつもよりも今回僕のサークルの列並んでない? そう思って立ち上がると、列の整理が必要な感じがした。 「凛斗、これ」 「ああ、俺も思った。り……桃色先生は、売ってて。俺が整理してくる」 「分かった」  凛斗はいち早く気がついて、立ち上がってくれた。こういう時、何も言わなくてもやってくれるから助かる。  隣を見ると、彼の元気がないように感じた。僕は自分の手を動かしつつ、お客さんに声をかけられていた。  それでも彼の様子が気になって、きりのいい時に彼のおでこに手を当てた。熱はないようだし、朝早かったし疲れてるのかな。 「暑いもんね。もう少ししたら、休めると思うから」 「あっ……うん」  僕が微笑むと彼は顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。そんなに具合悪いのかな……でもな、休めないもんね。
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