34話 美女作家

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34話 美女作家

「桃色先生、手伝いますよ」 「褐色先生! ありがとうございます」  猫の手でも借りたかったから、助かるよ。地獄に仏って、このこと言うんだよね。凛斗が整理して、三人で売ったらなんとか捌くことができた。  まだ午前中なのに、こんなに売れて午後の分大丈夫かな。嬉しい悲鳴ではあるけど、流石にそんなに売れないか。 「桃色先生、在庫後どれぐらいだ」 「後……五十部ぐらい」 「足りるか?」  凛斗に聞かれて、考えてみる。午前中に集中してくれただけで、午後はもうそんなに来ないだろうと思った。  でも直ぐに自分の考えの甘さを、痛感させられた。嬉しい悲鳴だけど、こんなになるとは思いもしなかった。 「流石にこれから、売れるってことないと思うけど」 「はあ……」 「桃色先生、SNSを見てくだされ」 「え? 分かりました」  褐色先生に言われて、見てみると凄いことになっていた。僕のスマホの画面を、彼も見ていて二人で驚いてしまった。  そこにはトレンドの上位を、桃色先生関連のキーワードで埋め尽くされていた。『桃色先生最新作』『純愛作品の王道』『十八禁なのに、エロくない』などと書かれていた。  しかも何が凄いって、『イケメン二人に、取り合いをされている美女作家』って書いてあった。 「美女って……僕のこと?」 「律は美人って言われるの嫌だもんな」 「桃色先生は、美人さんですぞ」 「男が美人言われても、嬉しくない。しかも、確実に女性って思われてそう」  最近なかったから、忘れていたけど……僕は女の子って思われるのが、本当に嫌なんだよね。  女顔って言われるのも、心底嫌だし。そう思っていると、いつの間にか後ろに来ていた彼に抱きつかれた。  フワッと香ってくる甘い匂いと、会場の暑さにクラっとしてしまう。もういい加減にしてよ。 「律さんは美人って言うより、可愛いけど」 「そういうことを、サラッと……」  周りで聞き耳を立てていた人たちから、クスクスと笑い声が聞こえてくる。このイケメンは、当たり前のように言ってくる。  正直、可愛いと言われるのも嫌だった。なのにいつの間にか、可愛いと言われるのが心地良くなった。  多分、彼に言われるのが嬉しいんだろうけど。美人っていうのも、彼に言われるのなら嬉しいと感じてしまう。  自分で思っているよりも、僕は彼のことが好きみたいだ。それでも暑いのと、恥ずかしいのもあってそろそろ離れてほしい。 「暑いから、そろそろ離れて……」 「あー、ごめん」  僕が指摘すると、ニコリと微笑んで離れた。周りから変な目で見られて、恥ずかしいから。  彼は僕が被っているキャップを更に、深く被せてきた。更にニコニコ笑顔をしていて、すると何故か急に周りからの視線がなくなった。 「ゴホンッ……とにかく、このままだと午後も来そうだな」 「そうですなあ〜人気者で羨ましい」  そんな話をしている最中も、少しずつ買いに来ているお客さんがいた。彼が対応してくれていて、最初の頃よりも慣れてきているようだった。  そんな彼を、僕はじっと見つめていた。すると凛斗に話しかけられて、振り向くと真面目な表情を浮かべていた。 「今日はもう、補充できないよな」 「うん、だね。原本ないから、印刷もできないし。材料もないし」 「仕方ない。無くなったら、完売だな」 「うん、仕方ないね。でも、嬉しい悲鳴だよ」  こんなに売れるなんて、毎回余るのに今回は凄いよ! 僕がそう思っていると、凛斗が腕組みをしながら聞いてくる。 「明日の分は?」 「今日と同じく三百部にしたよ」 「それぐらいあれば、足りるか?」 「流石に大丈夫だとは思うよ」  そこで僕は彼が、汗を拭いていることに気がついた。彼の後ろに行って、両肩に手を置いて言ってみた。 「疲れたら、休憩に行っていいよ」 「でも……律さんは?」 「僕は大丈夫。飲み物と食料は、準備してるよ。透真くんのも持ってきたけど、初参加で疲れたでしょ」  僕がそう言うと遠慮気味に、僕を見つめていた。そんなに畏まらなくてもいいのに……まだ、中々素直には甘えられないよね。 「俺はだいじょ」 「いいから、初心者は言うことを聞け。倒れられたら、こっちが困る」 「分かりました……」 「律も行っていいぞ」 「うん、ありがと。行こ、透真くん」  凛斗が気を遣ってくれて、二人で休憩しに行くことになった。少し言い方はキツかったけど、凛斗なりに彼のことを気遣ってくれたのだろう。  彼に手を差し出すと、笑顔で取ってくれたから二人で歩き出す。食料を持って外に出ると、いい感じの木陰が空いていた。  そこに折りたたみの簡易椅子を置いて、二人で腰掛けた。彼に冷たい飲み物と、簡易食を渡した。 「律さんは、よく来るのか」 「うん、今年で五年目かな」 「そんなに長い間……凄いな」  よく分かんないけど、何かをボーと考えているようだった。飲み物を飲みつつも、心ここに在らずだった。 「どうしたの? 熱中症?」 「あー……なんでもない」 「そう……」  たまにあるんだよね……。絶対何かあるのに、言ってくれないこと。僕のこと信用してないのかな。  まだ出会って間もないし、僕だって全てを話せるわけじゃない。普通の恋人の距離感って、どんな感じなのかな。  アニメとか漫画では知ってるけど、それはあくまでも創造の物語。もちろん見ている時は、本当にあるものだと思って見ている。  オタクの想像力って、凄まじいからね。だけど、彼が何を考えているのか分からない。 「あれ! 金城くんじゃん!」 「あっ、金城だ。珍しい人発見」 「お前ら、久しぶりじゃん」  僕が考えていると、不意に彼が誰かに声をかけられた。見てみると若い男女だったけど、知り合いみたいだった。  楽しそうに談笑していて、僕の入る隙間はない。当たり前だけど、こういう時彼の社交性が凄いなと思ってしまう。  お話の邪魔にならないように、横を向いて食事をしていた。すると彼に優しく肩を抱かれて、見てみると優しく笑っていた。 「紹介するよ。俺の恋人の律さん」 「は、じめまして」 「律さん、こいつら高校の同級生だよ」  僕が軽く頭を下げて挨拶すると、二人は僕のことをジロジロと見ていた。そして何やら、ヒソヒソと話していた。  感じ悪いな……そう思ったけど、彼の友達なら愛想良くしておこう。僕のせいで、彼まで嫌な思いするのはよくない。 「なんだよ。言いたいことが、あるなら言えよ」 「そんな怒んなって、俺らはその……気になってさ」 「そうそう……広瀬くんとは、どうしたのかな? って」  よく分かんないけど、彼が怒っていた。多分僕のために怒ってくれたんだよね。嬉しくなったとの同時に、どうして湊くんのことが出てくるのか不思議になった。
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