35話 可愛く見える

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35話 可愛く見える

「……余計なこと言うな。マジで怒るぞ」 「あー、ごめんって」 「すまん、悪気はないんだ! この通りな」  彼の怒っている表情に、少し戸惑ってしまう。あの時の……勘違いで避けてしまった時と、同じ表情をしている。  そんな彼の殺気に少しビビってしまったのか、二人はそそくさとその場を後にした。すると僕を見て、彼は少し困惑気味の表情を浮かべて笑っていた。 「湊くんが、どうしたの」 「……ここじゃなんだから、今日帰ってからでいいかな」 「うん……分かった」  当たり前に僕の家に帰るのはいいんだけど……。色々と引っかかってしまう。僕と付き合ってるって、分かってあの二人が困惑していた。  考えたくないけど、やっぱ湊くんと付き合っていたのかな。でも湊くんは、あの馬鹿とラブラブだし。  彼は誰とも、付き合いたいと思ったことはなかった。って言っていたけど、それはあくまでも彼の主観である。 「律さん、流石に暑いから早く食べよう」 「あっ、うん……そうだね」  誰とも付き合ったことがないって、ことにはならない。まあ僕だって、黒歴史になりつつあるけど鹿野と付き合ってたし。  こんなに魅力的な人がモテないはずがない。恋人の一人や二人いても、可笑しくはない。  頭では分かっていても、どうしても心配は拭えない。この人が二股をしたりは、絶対にないと思う。  それでも何処か、不安が募っていってしまう。僕らの中に変な空気が、出来てしまってぎこちなくなってしまった。 「どうした? 早く座れよ」 「うん……凛斗は、行かなくて大丈夫?」 「俺はいいよ。お前ら二人じゃ、心許ないし」 「うっ……否定できない」  そんな会話をしている間も、どことなく彼の元気がないように見えた。それから直ぐに完売して、早々に一旦閉めることにした。  その間も有難いことに、ちらほらと人が来てくれていた。すみませんと謝ると、僕ら三人を見てニコニコしていた。  あのSNSを見て来たとしたら、変な誤解されそう。彼とのことは誤解じゃないけど、凛斗に関しては完全な誤解なんだよね。 「また明日来てくださいね。俺が先生の恋人として、サポートしてますので」 「いやいや、素人くんは黙っててよ。先生の漫画のことなら、俺が一番知ってるんだから」 「でも俺が、先生の恋人なんですから。俺が一番知ってるに、決まってるでしょ」 「俺は先生のファン第一号なんだから、俺の方が詳しい」  よく分かんないけど、喧嘩してるのは明白だった。周りから変な目で見られているし、確実にSNSを見てきた人たちから黄色い悲鳴が上がっている。  確実に、子供の喧嘩みたいな感じになって来ている。それに段々と、漫画のことじゃなくて凛斗は子供の頃のことまで引き合いに出している。  彼は昔のことを言われれば、勝ち目ないからイライラしている。周りに迷惑だから、そろそろ止めよう。 「二人ともいい加減にして」 「律はどっちの味方なんだよ!」 「俺と付き合ってるんだから、俺の味方に決まってんだろ!」 「はあ? 年下のくせに生意気」 「年上なら、年上らしくしてくれませんかね! せ・ん・ぱ・い」  僕が止めても、火に油を注いだのか……もっとヒートアップしていた。殴りかかりそうな勢いだったけど、内容は子供みたいだった。 「いい加減に止めないと、二人とも出禁にするよ」 「……すみません、もう止めます」 「……申し訳ございません」  今度は、笑いながら止めると二人の勢いは弱まった。そして借りてきた猫のように、大人しくなった。  周りで聞いていた人たちも、蜂の子散らしたようにいなくなった。僕はシュンとしている二人に告げる。 「僕よりも、周りのサークルさんたちに謝る方が先」  僕がそう言うと、二人は渋々と言った様子で周りに謝りに行った。その様子を見ていた褐色先生が、ブースに来てニヨニヨしていた。 「相変わらず、モテモテですな〜」 「はあ……そんなんじゃないですよ。それに何を、あんなに争う必要があるんですかね」 「……桃色先生は、もう少し周りを見るべきですなあ」 「どういう意味ですか?」 「天然もここまでくると、凶器ですねえ」  褐色先生の言っている意味が分からずに、僕はポカンとしてしまう。暫くすると本当に律儀に謝ってきたようで疲弊している二人が来た。 「戻りました……」 「許してください……」 「いいから、明日に備えて帰るよ」  僕の言葉に二人は、静かに頷いて項垂れていた。凛斗は別になんとも思わないけど、彼の方は可愛く見える。  心なしか耳と尻尾が見えて、笑いそうになるのをグッと堪えた。ひとまず片付けをして、僕たちは会場を後にする。  凛斗は買いたいものがあるらしく、別々に行動することにした。ずっと、しょぼくれている彼が可愛い。 「その……早く帰るよ。湊くんのこと、聞きたいし」 「ああ……その、律さんは買い物いいのか」 「僕は明日、まとめ買いするから」  僕がそう言うと、納得したようだった。欲しいサークルのものは、お互いに交換するから。  もう既に寄せてもらっているし、交換する分も寄せてある。他には企業ブースだけど、そっちは凛斗に任せた。  薄い本もグッズも気になるけど、今は湊くんの話の方が気になる。僕たちは手を繋いで、電車に乗って帰路に着いた。  帰ると蒸し蒸ししていて、サウナ状態だった。エアコンを付けていると、何も言わずに麦茶を用意してくれていた。 「ありがと……その」 「湊のことを話す前に、座ろっか」 「うん……そうだね」  ソファに座ると僕らの中に、再び沈黙が訪れた。やっぱ、言いづらいってことはよくないことなのかな。 「まず前提として、高校の時に俺と湊はカモフラージュで付き合っていた」 「そうな……カモフラージュ!?」 「ああ……あの時は、俺も湊も誰とも付き合うつもりはなかった」  彼の話によると中学に入ると急激に、二人がモテ始めたらしい。湊くんはいなかったけど、彼は告白されて付き合った。  しかし湊くんがヒートになったり、その他の要因で困ったりしているのを優先していた。  すると湊くんよりも、自分を優先して欲しいって言われた。そして湊を、蔑ろにする人とは付き合えないからと別れた。 「湊が傷つくのは、見たくないし……そこに恋愛感情は微塵もなく、家族愛だけだった」 「家族愛か……なんか、素敵」  詳しく聞くと、湊くんはΩだからって理由で告白されていた。そのことに、本当に辟易していた。  僕もΩだから分かる……僕を見ないで、性別を見ているようで気持ちが悪いと感じてしまうから。 「我ながら、子供じみた提案だったけど……結果として、それが正解だった。罪悪感はあったけど」  よく分かんないけど、僕が知らないことがまだあるんだろうな。少し辛そうに笑う彼を見て、そう思って身を寄せた。
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