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37話 漢字が違う
どうしよう……そんなつもり、なかったのに。周りからも、好奇な目で見られているような気がする。
「はあ……律、今日はもう帰っていいぞ」
「えっ? でも」
「いいよ、疲れただろ。それにその項垂れてるやつは、邪魔になる」
「ちっ……」
「こいつ、舌打ちしやがった」
凛斗のあからさまな嫌味に、彼は大きめの舌打ちをした。それを聞いた彼も凛斗を睨んで、二人して睨み合っていた。
こいつら……何にも、反省してないな。怒りというより、諦めの方が勝ってしまった。そう思ったから、僕は笑顔でこう言った。
「いい加減にしないと、本気で出禁にするよ」
「お二人とも、桃色先生は本気ですぞ」
「……すみません」
「申し訳ございません」
すぐさま謝ってきたから、今日のところは許そう。このままだと、昨日と同じく謝りに行かせることになる。
それから、僕と彼は早々に帰り支度をしていた。そんな時に、上機嫌の褐色先生に聞かれた。
「では、桃色先生はアフター来ますか?」
「今日は行かないですよ」
「それは残念! また誘いますわ」
「分かりました。ありがとうございます」
褐色先生に会釈をして、僕らは会場を後にした。キャリーを彼が持ってくれたから、僕は悠々自適に歩けた。
「重い……」
「あー、本って重いからね」
少しお灸を据えようかと思ったけど、色々とやってくれてるし。仕方ないから、手伝おうと思う。
僕の荷物が大半だけど……。僕が手伝うと、彼は嬉しそうにしていた。そのまま近くの串揚げ屋さんへと向かう。
「美味そう」
「コースじゃない方がいいか」
「そうだな。好きなものを頼もう」
メニューを見ていると、彼が涎を垂らしていた。目がキラキラしていて、子供のようだった。
その表情を見て、可愛いなと思ってしまう。かりかりに焼いた鶏皮にポン酢がかかったのが、美味しいけど彼はポン酢苦手だし。
「この鶏皮の美味しそうだな」
「ポン酢だよ」
「俺は食べれないけど、律さんは好きだろ」
「うん……まあ」
「俺のことは、気にせずにどうぞ」
この人はエスパーか、何かなのだろうか。こういうのいいな……お互いに好きなものや、嫌いなものを共有してるって。
家族や凛斗以外とこういう会話が出来るなんて、思いもしなかった。他には、トマトや単品で串カツを注文した。
「飲み物は?」
「ジンジャーエールで、律さんは烏龍茶?」
「うん、そうだね」
飲み物が直ぐに来たから、乾杯して飲んだ。火照った体に、冷たい飲み物が染みてきて最高だった。
「お酒じゃなくていいの?」
「ああ、今日は休肝日」
「まだ若いのに……」
「年齢関係ないから!」
そんな感じで彼を弄っていたけど、和気藹々としていた。次々と料理が運ばれてきて、僕たちは串カツを頬張っていた。
嬉しそうにしている彼を横目に見つつ、僕はあることが気になっていた。あんなに喧嘩してたのに、僕がブースにいない間大丈夫だったのかな。
「あのさ、どうして凛斗と仲が悪いの」
「……あー、それは」
「ただの雑談だから、重く捉えないで」
「うーん……律さんはさ、やっぱいいや」
そんなところで、話を止めようとしないでよ。気になるじゃん……一気に彼の表情から、光が消えたような気がした。
そんなに二人って、仲が悪いのか……でもだったら、あのこと言ってもいいのかも。僕は深呼吸して、思っていることを告げた。
「実はさ、凛斗とは距離を取ろうと思ってて」
「そうなのか」
「うん……最近益々……凛斗のことが、分かんなくなってきて」
僕がそう言うと、彼は何かを考えているようだった。こんなこと急に言われても、意味分かんないよね。
凛斗は基本的にいい奴なんだけど、たまに怖い時がある。僕のことを束縛しようとしてきたり、行動を制限してきたりする。
前から疑問に思ってたし、変なのは分かっていた。それでも凛斗の真意が分からないし、他に友人もいないから離れることが出来なかった。
でも今は違う……湊くんや、不本意ながらあの馬鹿もいる。透真くんっていう素敵な、恋人もいる。
怖くないって言ったら、嘘になるけど……それでも彼のことを本気で信じているし、本気で信頼してるから大丈夫だと思える。
「俺的には、律さんが他の人と仲良くしてると不安になるけど……律さんが、何か感じてるならそうするべきかと思う」
「うん……実は、ずっと感じてたことがあってさ」
「そっか、何かあっても。俺も湊も小笠原さんも、味方だから」
「ありがと……」
頭を撫でてくれて、その手に自分の手を重ねた。ほんとこの人は、なんでこんなにイケメンなのだろうか。
顔まで、真っ赤になっているような感じがした。恥ずかしくて、隣にいる彼の顔を見れずにいた。
「はい、律さん。あ〜ん」
「一人で食べれるから」
「俺がやりたい……ダメ?」
「つっ……分かったよ」
屈託のない澄み切った瞳で、言ってくるものだから断りきれない。周りに人がいて、恥ずかしいのに……。
仕方ないから、大人しく食べてあげた。口に広がってくるエビの旨みが、美味しくて周りのことが気にならなくなった。
凛斗から完売したとの連絡が来て、僕は上機嫌になった。頑張って作ったものが、認められるって嬉しい。
食事を終えて今日は、僕が奢って再び電車に乗っていた。そこで串カツの話題で、盛り上がっていた。
「美味かった」
「去年初めて来たんだけど、美味しくてね」
「ここまで来るのに、時間がかかるのが難点だな」
彼の言葉に激しく同意して、頷いていた。車だと二十分ぐらいで着くけど、電車だと歩いたりする分も含めると一時間はかかるから。
「そうなんだよね。車でも買おうかな? って思ったりもしたけど」
「免許は?」
「持ってるけど、取ってから一度も運転してない」
「なるほど」
そんなたわいない会話をしていると、あっという間に最寄り駅に着いた。駅から出て、僕たちは談笑しながら歩いていた。
今回参加したことで、彼がアニメに興味を持ったらしく色々と聞いてきた。僕はその一つ一つの質問に真面目に答える。
「カップリングって、何?」
「恋人同士のことだよ。受けとか攻めとかがあってね」
「請け? 責め?」
「多分漢字が違う」
こんな公共の場で、いろんな人がいる場所で説明することじゃない。それに関しては、またの機会にちゃんと説明しよう。
でも非オタがオタク用語を、知ろうとすることは嬉しい。そんな感じで談笑していると、ポツリポツリと雨が降ってきた。
「あっ雨、傘持ってる?」
「持ってない」
「はい、僕折りたたみがあるから」
そう言って背伸びして、彼の頭上に掲げた。それに気がついて彼が、少ししゃがんでくれた。
「律さんは?」
「僕はいいよ」
「俺こそいいよ。律さんが使って」
「そう?」
結構本降りになってきたから、僕らは近くのお店屋さんの軒下に避難した。止むどころか、益々強くなってきた。
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