37話 漢字が違う

1/1
前へ
/100ページ
次へ

37話 漢字が違う

 どうしよう……そんなつもり、なかったのに。周りからも、好奇な目で見られているような気がする。 「はあ……律、今日はもう帰っていいぞ」 「えっ? でも」 「いいよ、疲れただろ。それにその項垂れてるやつは、邪魔になる」 「ちっ……」 「こいつ、舌打ちしやがった」  凛斗のあからさまな嫌味に、彼は大きめの舌打ちをした。それを聞いた彼も凛斗を睨んで、二人して睨み合っていた。  こいつら……何にも、反省してないな。怒りというより、諦めの方が勝ってしまった。そう思ったから、僕は笑顔でこう言った。 「いい加減にしないと、本気で出禁にするよ」 「お二人とも、桃色先生は本気ですぞ」 「……すみません」 「申し訳ございません」  すぐさま謝ってきたから、今日のところは許そう。このままだと、昨日と同じく謝りに行かせることになる。  それから、僕と彼は早々に帰り支度をしていた。そんな時に、上機嫌の褐色先生に聞かれた。 「では、桃色先生はアフター来ますか?」 「今日は行かないですよ」 「それは残念! また誘いますわ」 「分かりました。ありがとうございます」  褐色先生に会釈をして、僕らは会場を後にした。キャリーを彼が持ってくれたから、僕は悠々自適に歩けた。 「重い……」 「あー、本って重いからね」  少しお灸を据えようかと思ったけど、色々とやってくれてるし。仕方ないから、手伝おうと思う。  僕の荷物が大半だけど……。僕が手伝うと、彼は嬉しそうにしていた。そのまま近くの串揚げ屋さんへと向かう。 「美味そう」 「コースじゃない方がいいか」 「そうだな。好きなものを頼もう」  メニューを見ていると、彼が涎を垂らしていた。目がキラキラしていて、子供のようだった。  その表情を見て、可愛いなと思ってしまう。かりかりに焼いた鶏皮にポン酢がかかったのが、美味しいけど彼はポン酢苦手だし。 「この鶏皮の美味しそうだな」 「ポン酢だよ」 「俺は食べれないけど、律さんは好きだろ」 「うん……まあ」 「俺のことは、気にせずにどうぞ」  この人はエスパーか、何かなのだろうか。こういうのいいな……お互いに好きなものや、嫌いなものを共有してるって。  家族や凛斗以外とこういう会話が出来るなんて、思いもしなかった。他には、トマトや単品で串カツを注文した。 「飲み物は?」 「ジンジャーエールで、律さんは烏龍茶?」 「うん、そうだね」  飲み物が直ぐに来たから、乾杯して飲んだ。火照った体に、冷たい飲み物が染みてきて最高だった。 「お酒じゃなくていいの?」 「ああ、今日は休肝日」 「まだ若いのに……」 「年齢関係ないから!」  そんな感じで彼を弄っていたけど、和気藹々としていた。次々と料理が運ばれてきて、僕たちは串カツを頬張っていた。  嬉しそうにしている彼を横目に見つつ、僕はあることが気になっていた。あんなに喧嘩してたのに、僕がブースにいない間大丈夫だったのかな。 「あのさ、どうして凛斗と仲が悪いの」 「……あー、それは」 「ただの雑談だから、重く捉えないで」 「うーん……律さんはさ、やっぱいいや」  そんなところで、話を止めようとしないでよ。気になるじゃん……一気に彼の表情から、光が消えたような気がした。  そんなに二人って、仲が悪いのか……でもだったら、あのこと言ってもいいのかも。僕は深呼吸して、思っていることを告げた。 「実はさ、凛斗とは距離を取ろうと思ってて」 「そうなのか」 「うん……最近益々……凛斗のことが、分かんなくなってきて」  僕がそう言うと、彼は何かを考えているようだった。こんなこと急に言われても、意味分かんないよね。  凛斗は基本的にいい奴なんだけど、たまに怖い時がある。僕のことを束縛しようとしてきたり、行動を制限してきたりする。  前から疑問に思ってたし、変なのは分かっていた。それでも凛斗の真意が分からないし、他に友人もいないから離れることが出来なかった。  でも今は違う……湊くんや、不本意ながらあの馬鹿もいる。透真くんっていう素敵な、恋人もいる。  怖くないって言ったら、嘘になるけど……それでも彼のことを本気で信じているし、本気で信頼してるから大丈夫だと思える。 「俺的には、律さんが他の人と仲良くしてると不安になるけど……律さんが、何か感じてるならそうするべきかと思う」 「うん……実は、ずっと感じてたことがあってさ」 「そっか、何かあっても。俺も湊も小笠原さんも、味方だから」 「ありがと……」  頭を撫でてくれて、その手に自分の手を重ねた。ほんとこの人は、なんでこんなにイケメンなのだろうか。  顔まで、真っ赤になっているような感じがした。恥ずかしくて、隣にいる彼の顔を見れずにいた。 「はい、律さん。あ〜ん」 「一人で食べれるから」 「俺がやりたい……ダメ?」 「つっ……分かったよ」  屈託のない澄み切った瞳で、言ってくるものだから断りきれない。周りに人がいて、恥ずかしいのに……。  仕方ないから、大人しく食べてあげた。口に広がってくるエビの旨みが、美味しくて周りのことが気にならなくなった。  凛斗から完売したとの連絡が来て、僕は上機嫌になった。頑張って作ったものが、認められるって嬉しい。  食事を終えて今日は、僕が奢って再び電車に乗っていた。そこで串カツの話題で、盛り上がっていた。 「美味かった」 「去年初めて来たんだけど、美味しくてね」 「ここまで来るのに、時間がかかるのが難点だな」  彼の言葉に激しく同意して、頷いていた。車だと二十分ぐらいで着くけど、電車だと歩いたりする分も含めると一時間はかかるから。 「そうなんだよね。車でも買おうかな? って思ったりもしたけど」 「免許は?」 「持ってるけど、取ってから一度も運転してない」 「なるほど」  そんなたわいない会話をしていると、あっという間に最寄り駅に着いた。駅から出て、僕たちは談笑しながら歩いていた。  今回参加したことで、彼がアニメに興味を持ったらしく色々と聞いてきた。僕はその一つ一つの質問に真面目に答える。 「カップリングって、何?」 「恋人同士のことだよ。受けとか攻めとかがあってね」 「請け? 責め?」 「多分漢字が違う」  こんな公共の場で、いろんな人がいる場所で説明することじゃない。それに関しては、またの機会にちゃんと説明しよう。  でも非オタがオタク用語を、知ろうとすることは嬉しい。そんな感じで談笑していると、ポツリポツリと雨が降ってきた。 「あっ雨、傘持ってる?」 「持ってない」 「はい、僕折りたたみがあるから」  そう言って背伸びして、彼の頭上に掲げた。それに気がついて彼が、少ししゃがんでくれた。 「律さんは?」 「僕はいいよ」 「俺こそいいよ。律さんが使って」 「そう?」  結構本降りになってきたから、僕らは近くのお店屋さんの軒下に避難した。止むどころか、益々強くなってきた。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

528人が本棚に入れています
本棚に追加