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38話 フルーツ
今日天気予報では、降水確率十%って言ってたのに……。彼を見ると完全に濡れていて、心配になってきた。
やっぱ折り畳み傘、もう一つ持ってくるべきだったかな。そう思っていると、彼がくしゃみをしていた。
「ハクション!」
「風邪引かないでね」
「だいじょ……ブエクション!」
かなりヤバそうだね……ここにいては、本当に風邪引きそうだよ。そう思ったから、アプリでタクシーを呼んで来てもらった。
最初に彼の実家まで行ってもらって、彼を降ろすことにした。顔色も悪かったから、これは完全に風邪引いたな。
「律さ……ゴホッ」
「僕のことはいいから、ゆっくり休んで」
「分かった……」
彼が家に入っていく姿を見送ってから、僕は家までタクシーで帰った。次の日、案の定風邪を引いたらしい。
心配になった僕は、お見舞いに行くべきか悩んでいた。湊くんに連絡すると、ご両親に連絡してくれた。
「フルーツがいいかな」
本当は行かない方がいいかな……最後の最後まで悩んでいたけど、お見合いの日に嫌な態度とってしてしまったし……。
最悪な印象与えたままだと、いけないよね……。そう思った僕は、意を決してお見舞いに向かった。
門前払いくらったら、どうしようと思っていた。でもそんなことは、僕の杞憂だったと直ぐに分かった。
「律さん、お待ちしてましたよ。どうぞどうぞ」
「お邪魔します」
「そんな固くならないで、自分家だと思ってくつろいで」
流石彼のお母さんだ……優しそうな雰囲気が、ダダ漏れしてる。とりあえず、嫌われてないようで一安心だ。
そっと、心の中で胸を撫で下ろした。持っていたフルーツ盛り合わせを、彼のお母さんに渡した。
「ありがとうございます。これ、皆さんでどうぞ」
「そんなに気を、遣ってくれなくても良かったのに〜」
「いえいえ、一昨日と昨日と手伝ってくれたので」
「息子で良かったら、いつでもこき使ってね〜」
二階にある彼の部屋に招いてくれて、僕はマスクをして中に入って行った。具合悪そうに、ベッドに寝ている彼を見つけた。
なんとなく見渡してみると、綺麗に整頓されていた。僕の部屋とは、大違いで清潔な感じだった。
締め切りが近づいてくると、その辺に物を投げてしまう癖があるから。PC周りとグッズだけ、綺麗になっているけど。
「う〜りつしゃん」
「クスクス……寝言で僕の名前、呼んでる。可愛い」
「かわいいのは、りつしゃんのほう」
「もしかして、起きてる……」
ベッドの方に行くと辛そうだったけど、確かに起きているようだった。寝ていると思って、素直に可愛いとか言ってしまった。
僕が近づくと急に腕を引っ張られて、彼の上に覆い被さってしまった。熱っぽい視線で見られて、僕の体温も上昇していく。
この部屋に充満している彼の甘い匂いと、腕を掴まれて腰を支えられている。それだけでも、恥ずかしいのに……。
「へへ、りつしゃんがいる」
「何この、可愛い生物」
「かわいいのは、りつしゃんのほう」
そう言ってヘラヘラしている彼を見て、可愛いのは間違いなくあんた方だよ。そう思って、退けようとしたけどしっかりと掴まれてて離れることが出来ない。
病人を蹴飛ばすわけにもいかないし……そう思っていると、部屋のドアがノックされてお母さんが入ってきた。
「律さん、透真の具合はどう……あらあら」
「あっ! 違っ! これは、その」
「お邪魔だったかしら、ごゆっくり〜」
「違うのに……」
お母さんはニコリと微笑んで、部屋を出て行ってしまった。彼の方を見るとスヤスヤと寝ていて、でもしっかりと抱きつかれていた。
どうしよう……抜けようにも、抜けれない。僕の力じゃ、どうしようもない……。そろそろこの体勢もキツくなってきた。
すると彼の力が弱くなったからそのタイミングで、抜けるのに成功した。しかし直ぐに後ろから抱きしめられて、完全にホールドされてしまった。
「もう、勘弁して」
「りつしゃん……しゅき」
「もう……なんなの、この人」
恥ずかしいし、完全にお母さんには誤解されてしまった。それでも嬉しそうに、僕の耳元で呟く彼を放っておくことが出来なかった。
ここ数日。同人誌や仕事でろくに寝ていないのもあった。そのためか、僕も気がつくと寝ていたようだった。
「何で、律さんがいるんだ」
「何でって、あんたが抱きしめたんでしょ」
「……夢かと思ってました」
彼の言葉で目が覚めると、彼が僕がいるのを見て困惑しているようだった。夢だと思ってたって……。
「……なるほど、あんたのお母さんにちゃんと説明してよね」
「……見られて」
「多分、誤解されてたよ。僕が襲ってるみたいに見えてた」
「あー、すみません」
後ろからだけど、彼が完全に慌てているのが分かった。それに生理現象だと思うけど、彼のが僕の腰に当たってるんですが。
急激に恥ずかしくなって、ベッドから這い出た。うわー、スーツがグシャグシャになってる。
「珍しい……スーツ」
「入社式以来、久し振りに着たんだよね」
「似合ってる」
「もうっ……」
彼の方を見ると、顔色も良くなっているみたいだった。それに一安心して、僕はベッドの方に行って座った。
「早く治してね。誕生日に旅行に行くんでしょ」
「そうだな! 草津! ゲホッ」
今月末に誕生日旅行として、草津に行くことが決まっている。それもあるし、風邪は万病の元っていうんだから。
しっかりと治してもらわないと、心配になってしまう。僕は興奮気味の彼を、ベッドに静かに寝かした。
「ほら、まだ治ってないんだから。大人しく寝て」
「はーい」
布団をかけてあげると、嬉しそうにこっちを見ていた。具合が悪い時ぐらい、優しくしてあげるか。
そう思って僕は少し恥ずかしかったけど、彼のおでこにキスをしてあげた。マスク越しではあったけど、僕にとっては一生分の勇気だった。
「直接口に」
「調子に乗るな。……して欲しかったから、早く治して」
「クスッ……そうだな」
そう言って僕の頭を静かに、撫でてくれた。その時の表情が、いつにも増してキラキラしていた。
直視出来ずに僕は、彼に優しく微笑んで部屋を後にした。それから二日間で、すっかり元通りになった。
「律さん! おはよう」
「おはよう。今日も朝から、元気だね」
「律さんと、出社できると思ったら元気になるよ」
「あーはいはい」
彼が復帰した日と、僕の出社日が重なったから駅で待ち合わせした。手を繋いで僕たちは、一緒に出社した。
周りからは好奇な目で見られたけど、最近あまり気にならないようになった。だって、彼と一緒にいれて僕は幸せだから。
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