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4話 誰とも付き合いたくない
ありえないんだけど……僕だって、勝手に連れて来られて迷惑してる。そっちにだって、事情があるかもしれない。
だけどそんな言い方ないだろ……そう思って俯いていると、急に頬を触られて覗き込まれた。
「先輩?」
綺麗な瞳に、輪郭がくっきりした顔立ち。どこからどう見ても、カッコよくて悔しいけどタイプだった。
だけど、誰とも付き合うわけにはいかない。好きだった相手に、暴言吐かれて両親にも凛斗にも迷惑かけて……。
「先輩、泣いてますよ。だいじょ」
「乗り気じゃないなら、放っておいて……」
「せんぱ」
あんな惨めな思いはもう、したくないから……僕は金城くんの手を振り払って、立ち上がった。
僕は個室を後にして、近くにいた両親と共に料亭を出た。心配している様子の親父に、聞かれた。
「何かあったのか」
「……何もない。ただ、僕は誰とも付き合いたくない」
「ごめんね……気が早かったわね」
「親父とお袋のせいじゃない」
これは僕の問題だから……二人が悪いわけじゃない。それどころか、心配や迷惑ばかりかけて何も出来ない。
ただ逃げて……逃げる理由を必死に探しているだけ……泣きそうになっている時に、前から抱きしめられた。
「律、大丈夫か」
「凛斗……なんで」
「お前がお見合いするって聞いて、心配になってな」
凛斗は本当に優しい奴だ……昔から僕のことを考えてくれる。たまに、束縛気味なのは嫌だけど……。
その日は泣きそうになるのを必死に堪えて、実家に帰って過ごした。着替えを済ましてから、凛斗と僕の部屋で話していた。
「律は、お見合いに行くって知ってたのか」
「知らなかった……知ってたら、来なかったよ」
「そ、そっか……」
両親が僕のことを、心配してくれているのも分かってる。だけど、今もこれからも誰かと付き合う気なんてない。
そう思っていたのに、頭のどこかで金城くんのことを考えてしまう。やっぱ、運命の番だからなのだろうか……。
ゴールデンウィーク明けのとある日。僕は行きたくないが、月に数回の出社のために会社に行った。
「……金城くん」
「宮澤先輩、おはようございます」
「おはよう……ございます……」
ロビーに行くと、爽やかな笑みを浮かべた金城くんと会った。気まずいなと思ったけど、彼は他の社員にも同じく挨拶をして中に入って行った。
そりゃあそうだよね……何もないんだから、僕たちの間には。そう分かっているはずなのに、胸がチクリとした。
これは仕方のないこと……僕が突っぱねたんだし、金城くんが悪いわけじゃない。運命の番だからといって、必ずしも上手くいくわけじゃない。
運命の番じゃなくても、上手くいっている人の方が多い。それでも何故か、心がモヤモヤしてしまう。
「はあ……胸が痛い」
それからなんの因果か、数回しかない出社の日に必ず金城くんと出会った。ロビーだったり、トイレだったりで高頻度で出会った。
それでも相変わらず、他の社員と同じような扱いだった。それでもトイレとかの狭い空間だと、彼のフェロモンが身を包み込むような感じがした。
まるで本当に何もないような……。僕だけが、気にしているような感じ。自分でもこの気持ちが、何なのか分からない。
「はあ……」
いつものように仕事をして、帰ろうとすると声をかけられた。声のする方を見ると、広瀬くんと小笠原が帰るところだったみたいだ。
「宮澤先輩、お帰りですか」
「広瀬くん……まあね」
「宮澤、何かあったら言えよ。俺じゃ言いにくかったから、湊くんにでもさ」
「……折角だけど」
小笠原が心配してくれているのは、分かるけど……こんなのどうやって、説明すればいいんだよ。
自分でも分かってないのに……上手く説明できる気がしない。そう思っていると、広瀬くんが入館証を通す場所に声をかけて手を振っていた。
「透真! 飲みに行かない?」
「おうっ、湊に小笠原先輩……宮澤先輩」
甘い香りがしてたから、もしやと思ったら……今一番会いたくない奴が来てしまった。案の定、僕らの中に変な空気が流れた。
「……君たち、三人で行って来なよ。僕は邪魔になるから」
「みやざ」
「宮澤先輩! そんなこと言わずに、行きましょうよ!」
金城くんが何かを言いかけたけど、広瀬くんが遮っていた。断ろうとしたけど、真っ直ぐな瞳で見られた。
可愛い……何この澄んだ瞳、僕なんかと違ってキラキラしてる。きっと育ちがいいんだろうな……。
両親に愛されて、恋人にも多分恵まれている。優しそうな幼なじみもいて、順風満帆じゃん。
同じΩなのに、どうしてこうも違うんだろう。そう思っていると、両手を掴まれて悲しそうな表情と声で言われた。
「僕のお酒が飲めないんですか……」
「湊それ、パワハラになるぞ」
「あっ! ごめんなさい、そう言うつもりじゃ……」
小笠原の指摘にハッとして、広瀬くんは直ぐに手を離した。ボケが渋滞してて、どこからツッコめばいいのか分からない。
でも直ぐに指摘の可笑しさに気がついたようで、小笠原に少し怒っていた。その様子が可愛くて、少しほっこりしてしまう。
「って! 僕の方が後輩だし年下なんだから、パワハラにならないでしょ!」
「確かに……盲点だ。湊くんは頭いいな」
「でしょ! って、そういうことじゃない!」
「あはは! バレた」
「もうっ……蒼介さんったら〜」
喧嘩してたと思ったら、直ぐに笑顔になって笑い合っていた。その光景を見て、素直に羨ましいと思ってしまった。
しかしその間も、金城くんは何かを考えているようだった。僕の方を見て何やら、言いたそうにしていた。
「はあ……分かったよ。とにかく、他の人もいるから静かに」
「はーい」
「分かりましたー」
広瀬くんが返事して直ぐに、適当に返事する小笠原のバカ野郎。こんな奴バカで十分だと思って、心の中でそう呼ぶことに決めた。
「……金城くんも、行くよ」
「あっ、はい……」
腕を組みながら、会社を後にして歩くバカップル。その後ろを俯いて何も言わない金城くんと、距離を取って歩き始める。
イチャイチャしている二人を見て、より一層悲しくなってしまう。僕は何をしているんだろう。
居酒屋に入ろうとすると、スマホが鳴った。見てみると凛斗からの着信だったから、三人に声をかけた。
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