41話 透真side(11) りつしゃん

1/1
前へ
/100ページ
次へ

41話 透真side(11) りつしゃん

「先生、桃色先生。時間」 「うっ、はい」 「律さんは、ここに」  律さんが藤島の隣の椅子に、座ろうとした。そのため端っこの椅子に、座るように促した。  そして当たり前のように律さんの隣に座って、鼻歌を歌ってしまった。藤島と睨み合って、律さんを見てニコリと微笑んで肩を組んだ。 「桃色先生って、なんかいいな」 「意味が分からない」  先生って響きが気に入ってしまった。一気に人の波が押し寄せてきて、俺は言われた通りに、やるしか出来なかった。  こんなに混むものなのか、それに心なしか俺と律さんが見られているようだった。律さんと藤島が何やら、話して色々と行動していた。  それなのに、俺はただ言われたことしか出来ない。初めてとはいえ、もっと役に立ちたいのに。  そう思っていると、俺のおでこに手を当ててくれた。心配しているようで、覗き込んでくれた。 「暑いもんね。もう少ししたら、休めると思うから」 「あっ……うん」  律さんが優しいと俺の子供っぽさが、目立ってしまうようで悲しくなってしまう。もっと、大人にならないとな。  律さんに促されて、休憩に行くことになった。特に役に立っていないのに、休憩に行くのに躊躇ってしまった。  しかし律さんが気にかけてくれて、嬉しくて俺は一緒に行くことにした。そこで高校の同級生に会って、余計なこと言われた。 「なんだよ。言いたいことが、あるなら言えよ」 「そんな怒んなって、俺らはその……気になってさ」 「そうそう……広瀬くんとは、どうしたのかな? って」  どいつもこいつも、余計なことを言いやがって……。律さんが気になっているようで、俺はイライラしてしまった。  律さんに余計なことを、知って欲しくなかったのに……。つい藤島の挑発に乗ってしまって、律さんに怒られてしまった。  帰ってから、律さんにそのまま伝えた。それでも律さんは、真面目に聞いてくれた。それだけでなく、素敵なことを言ってくれた。 「湊が傷つくのは、見たくないし……そこに恋愛感情は微塵もなく、家族愛だけだった」 「家族愛か……なんか、素敵」  自分の子供っぽさが、ますます嫌になってしまった。律さんが大人なのか、俺が子供なのか分からないが……。 「我ながら、子供じみた提案だったけど……結果として、それが正解だった。罪悪感はあったけど」  色々な感情が込み上げてきて、泣きそうになって必死に我慢した。するとそんな俺に気がついたのか、律さんは何も言わずに身を寄せてきた。  二日目になって、律さんが買い物に行くようだった。何故か藤島と褐色先生と三人で、残されてしまった。 「おい、律とどこまでいったのか知らないが。あまり調子に乗るなよな」 「うるせーよ。幼なじみだからって、マウント取ってくるな」 「律と一緒にいる時と、キャラが違いすぎんだろ」 「お前に気を遣う必要ないからな」  俺がそう言うと、一色触発という雰囲気になった。こいつ喧嘩を売るために、俺をここに残したのかよ。  底意地が悪いのは、お前の方じゃないかよ。うぜーな……人に対してこんなに、嫌悪感を抱いたことは生まれて初めてだ。 「俺の方が年上で、先輩なんだが」 「会社じゃないから、必要ない。同じ部署でもないし、関係ない」 「こいつ、マジで生意気」 「お前に気を遣う必要が、皆無だから」  そんな感じで喧嘩していると、褐色先生が微笑みながら怖いことを言ってくる。 「お二人さん、喧嘩するのはいいですが。あまり酷いと、桃色先生に言いますぞ」 「もうやめます。律には黙っていてください」 「俺も後が怖いので……」  律さんが怒ると怖いことは、昨日知ったからもうやめておこう。表面上は、喧嘩しないようにしよう。  律さんが車を欲しがっているみたいで、俺は買おうか迷っていた。  車を買うとなると、今の給料では厳しいな。それに、練習が必要になる。  その日は雨に打たれてしまって、完全に風邪を引いてしまった。正直しっかりとは覚えていないが、律さんが夢に出てきてくれた。 「う〜りつしゃん」 「クスクス……寝言で僕の名前、呼んでる。可愛い」 「かわいいのは、りつしゃんのほう」 「もしかして、起きてる……」  律さんの匂いがして、思わず律さんを引っ張ってしまった。夢なのにしっかりと香ってきていて、それだけで嬉しくなってしまう。 「へへ、りつしゃんがいる」 「何この、可愛い生物」 「かわいいのは、りつしゃんのほう」  律さんが俺の側から、いなくなってしまう気がした。そのため直ぐに、後ろから抱きしめる。  甘いチョコの香りが、漂ってきて嬉しくなってしまう。夢なのに、香ってくるんだなと思った。 「もう、勘弁して」 「りつしゃん……しゅき」 「もう……なんなの、この人」  目が覚めると、律さんがベッドにいて夢の続きかと思った。しかし熱が下がったのか、現実だと直ぐに分かった。 「何で、律さんがいるんだ」 「何でって、あんたが抱きしめたんでしょ」 「……夢かと思ってました」  マジか……夢じゃないのかと、恥ずかしくなってしまった。しかも律さんの話を聞くと、律さんと抱き合っているところを見られたらしい。  まあ母さんは、寧ろ喜びそうだから大丈夫だと思う。律さんのこと、可愛いって言っていたし。 「多分、誤解されてたよ。僕が襲ってるみたいに見えてた」 「あー、すみません」  律さんがベッドから出ると、珍しくスーツを着ていた。ストライプ柄のワイシャツを着ていて、マジで似合っていた。  その姿が可愛くて、正直七五三かと思った。言ったら怒られそうだから、絶対に言わないが。 「珍しい……スーツ」 「入社式以来、久し振りに着たんだよね」 「似合ってる」 「もうっ……」  顔が真っ赤になっていて、益々可愛くて惚れてしまう。今月末の俺の誕生日には、律さんとお泊まりデートに行くから早く治さないといけない。 「早く治してね。誕生日に旅行に行くんでしょ」 「そうだな! 草津! ゲホッ」  興奮気味になっている俺を、ベッドに静かに寝かしつけてくれた。律さんって、どの角度から見てもマジで可愛い。 「ほら、まだ治ってないんだから。大人しく寝て」 「はーい」  布団をかけてくれて、付き合っているって自覚が更に強くなってくる。そう思っていると、おでこにキスをされた。 「直接口に」 「調子に乗るな。……して欲しかったから、早く治して」 「クスッ……そうだな」  俺が律さんの頭を撫でると、律さんは嬉しそうにしていた。その表情がいつにも増して、可愛くてドキドキしてしまう。  風邪引いてなければ、キスしたいのに……移してしまうから、出来ないのが辛いよな。  すると律さんが、優しく微笑んで部屋を後にした。それから二日間で、すっかり元通りになった。 「律さん! おはよう」 「おはよう。今日も朝から、元気だね」 「律さんと、出社できると思ったら元気になるよ」 「あーはいはい」  駅前で待ち合わせして、手を繋いで俺たちは一緒に出社した。案の定、周りの社員から好奇の目で見られた。  その中には藤島もいて、睨んできていた。そのため、見せつけるように律さんにくっついていた。  律さんは俺のだから、しっかりと他の人に見せつけないとな。誰にも渡さないから、他の誰のことも見てほしくない。  自分のこの醜い独占欲を、律さんに気づかれないようにしないと。子供っぽいとか、思われたくない。  あまり余裕がないのも、よくないから程々にしないとな。草津旅行が楽しみで、俺はウキウキしていた。 「律さん、好きだよ」 「他の人もいるんだから、やめてよ」  そう言っていたが、本気で嫌がっているようには見えなかった。耳ままで真っ赤になっていて、マジで可愛い最高の恋人です。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

529人が本棚に入れています
本棚に追加