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41話 透真side(11) りつしゃん
「先生、桃色先生。時間」
「うっ、はい」
「律さんは、ここに」
律さんが藤島の隣の椅子に、座ろうとした。そのため端っこの椅子に、座るように促した。
そして当たり前のように律さんの隣に座って、鼻歌を歌ってしまった。藤島と睨み合って、律さんを見てニコリと微笑んで肩を組んだ。
「桃色先生って、なんかいいな」
「意味が分からない」
先生って響きが気に入ってしまった。一気に人の波が押し寄せてきて、俺は言われた通りに、やるしか出来なかった。
こんなに混むものなのか、それに心なしか俺と律さんが見られているようだった。律さんと藤島が何やら、話して色々と行動していた。
それなのに、俺はただ言われたことしか出来ない。初めてとはいえ、もっと役に立ちたいのに。
そう思っていると、俺のおでこに手を当ててくれた。心配しているようで、覗き込んでくれた。
「暑いもんね。もう少ししたら、休めると思うから」
「あっ……うん」
律さんが優しいと俺の子供っぽさが、目立ってしまうようで悲しくなってしまう。もっと、大人にならないとな。
律さんに促されて、休憩に行くことになった。特に役に立っていないのに、休憩に行くのに躊躇ってしまった。
しかし律さんが気にかけてくれて、嬉しくて俺は一緒に行くことにした。そこで高校の同級生に会って、余計なこと言われた。
「なんだよ。言いたいことが、あるなら言えよ」
「そんな怒んなって、俺らはその……気になってさ」
「そうそう……広瀬くんとは、どうしたのかな? って」
どいつもこいつも、余計なことを言いやがって……。律さんが気になっているようで、俺はイライラしてしまった。
律さんに余計なことを、知って欲しくなかったのに……。つい藤島の挑発に乗ってしまって、律さんに怒られてしまった。
帰ってから、律さんにそのまま伝えた。それでも律さんは、真面目に聞いてくれた。それだけでなく、素敵なことを言ってくれた。
「湊が傷つくのは、見たくないし……そこに恋愛感情は微塵もなく、家族愛だけだった」
「家族愛か……なんか、素敵」
自分の子供っぽさが、ますます嫌になってしまった。律さんが大人なのか、俺が子供なのか分からないが……。
「我ながら、子供じみた提案だったけど……結果として、それが正解だった。罪悪感はあったけど」
色々な感情が込み上げてきて、泣きそうになって必死に我慢した。するとそんな俺に気がついたのか、律さんは何も言わずに身を寄せてきた。
二日目になって、律さんが買い物に行くようだった。何故か藤島と褐色先生と三人で、残されてしまった。
「おい、律とどこまでいったのか知らないが。あまり調子に乗るなよな」
「うるせーよ。幼なじみだからって、マウント取ってくるな」
「律と一緒にいる時と、キャラが違いすぎんだろ」
「お前に気を遣う必要ないからな」
俺がそう言うと、一色触発という雰囲気になった。こいつ喧嘩を売るために、俺をここに残したのかよ。
底意地が悪いのは、お前の方じゃないかよ。うぜーな……人に対してこんなに、嫌悪感を抱いたことは生まれて初めてだ。
「俺の方が年上で、先輩なんだが」
「会社じゃないから、必要ない。同じ部署でもないし、関係ない」
「こいつ、マジで生意気」
「お前に気を遣う必要が、皆無だから」
そんな感じで喧嘩していると、褐色先生が微笑みながら怖いことを言ってくる。
「お二人さん、喧嘩するのはいいですが。あまり酷いと、桃色先生に言いますぞ」
「もうやめます。律には黙っていてください」
「俺も後が怖いので……」
律さんが怒ると怖いことは、昨日知ったからもうやめておこう。表面上は、喧嘩しないようにしよう。
律さんが車を欲しがっているみたいで、俺は買おうか迷っていた。
車を買うとなると、今の給料では厳しいな。それに、練習が必要になる。
その日は雨に打たれてしまって、完全に風邪を引いてしまった。正直しっかりとは覚えていないが、律さんが夢に出てきてくれた。
「う〜りつしゃん」
「クスクス……寝言で僕の名前、呼んでる。可愛い」
「かわいいのは、りつしゃんのほう」
「もしかして、起きてる……」
律さんの匂いがして、思わず律さんを引っ張ってしまった。夢なのにしっかりと香ってきていて、それだけで嬉しくなってしまう。
「へへ、りつしゃんがいる」
「何この、可愛い生物」
「かわいいのは、りつしゃんのほう」
律さんが俺の側から、いなくなってしまう気がした。そのため直ぐに、後ろから抱きしめる。
甘いチョコの香りが、漂ってきて嬉しくなってしまう。夢なのに、香ってくるんだなと思った。
「もう、勘弁して」
「りつしゃん……しゅき」
「もう……なんなの、この人」
目が覚めると、律さんがベッドにいて夢の続きかと思った。しかし熱が下がったのか、現実だと直ぐに分かった。
「何で、律さんがいるんだ」
「何でって、あんたが抱きしめたんでしょ」
「……夢かと思ってました」
マジか……夢じゃないのかと、恥ずかしくなってしまった。しかも律さんの話を聞くと、律さんと抱き合っているところを見られたらしい。
まあ母さんは、寧ろ喜びそうだから大丈夫だと思う。律さんのこと、可愛いって言っていたし。
「多分、誤解されてたよ。僕が襲ってるみたいに見えてた」
「あー、すみません」
律さんがベッドから出ると、珍しくスーツを着ていた。ストライプ柄のワイシャツを着ていて、マジで似合っていた。
その姿が可愛くて、正直七五三かと思った。言ったら怒られそうだから、絶対に言わないが。
「珍しい……スーツ」
「入社式以来、久し振りに着たんだよね」
「似合ってる」
「もうっ……」
顔が真っ赤になっていて、益々可愛くて惚れてしまう。今月末の俺の誕生日には、律さんとお泊まりデートに行くから早く治さないといけない。
「早く治してね。誕生日に旅行に行くんでしょ」
「そうだな! 草津! ゲホッ」
興奮気味になっている俺を、ベッドに静かに寝かしつけてくれた。律さんって、どの角度から見てもマジで可愛い。
「ほら、まだ治ってないんだから。大人しく寝て」
「はーい」
布団をかけてくれて、付き合っているって自覚が更に強くなってくる。そう思っていると、おでこにキスをされた。
「直接口に」
「調子に乗るな。……して欲しかったから、早く治して」
「クスッ……そうだな」
俺が律さんの頭を撫でると、律さんは嬉しそうにしていた。その表情がいつにも増して、可愛くてドキドキしてしまう。
風邪引いてなければ、キスしたいのに……移してしまうから、出来ないのが辛いよな。
すると律さんが、優しく微笑んで部屋を後にした。それから二日間で、すっかり元通りになった。
「律さん! おはよう」
「おはよう。今日も朝から、元気だね」
「律さんと、出社できると思ったら元気になるよ」
「あーはいはい」
駅前で待ち合わせして、手を繋いで俺たちは一緒に出社した。案の定、周りの社員から好奇の目で見られた。
その中には藤島もいて、睨んできていた。そのため、見せつけるように律さんにくっついていた。
律さんは俺のだから、しっかりと他の人に見せつけないとな。誰にも渡さないから、他の誰のことも見てほしくない。
自分のこの醜い独占欲を、律さんに気づかれないようにしないと。子供っぽいとか、思われたくない。
あまり余裕がないのも、よくないから程々にしないとな。草津旅行が楽しみで、俺はウキウキしていた。
「律さん、好きだよ」
「他の人もいるんだから、やめてよ」
そう言っていたが、本気で嫌がっているようには見えなかった。耳ままで真っ赤になっていて、マジで可愛い最高の恋人です。
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