42話 俺以外に見せないで

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42話 俺以外に見せないで

 今日は透真くんの誕生日で、草津に旅行に来た。行きのバスでは、彼が完全に酔ってしまって介抱していた。 「大丈夫」 「ん……」  頭を肩に乗せてきて、フワッと香ってくる甘い香りに酔いそうになった。それでも彼が甘えてくるのが、心地よかった。  草津の駅に着いて、宿泊するホテルに着いた。部屋に行ってみると、窓から草津の街並みを一望できた。 「綺麗な風景」 「そうだな」  僕が景色を見ていると、隣に来て腰を支えてくれた。フワッと香ってくる甘い香りが、心地よさを倍増させてくる。  ホテルの人が、用意してくれた浴衣を着ることになった。僕のは彼が選んでくれて、濃いピンクの浴衣。  彼のは淡い黄色の浴衣で、絶対に似合うと思う。しかし僕は、どんな風に着ればいいのか分からない。 「右だっけ? 左だっけ?」 「多分、右だったような気がする」 「そっか、まあ違ってもいいか」 「少しは、気にしろよ」  悪戦苦闘して、なんとか着たけど……ぐしゃっとしてしまって、酷い感じになってしまった。  帯のやり方とか分からない、ほんと難しい。まあいいか、着ていればなんとかなるだろう。  そう思ったから、彼が着替え終わったのを見て出かけようとした。すると何故か、顔が真っ赤になって腕を掴まれた。 「どうしたの?」 「あ、のさ……まさか、その姿で行くつもりじゃないよな」 「何か、問題でも?」  僕が意味が分からずに、聞くとため息をついていた。なんだろ? 何かあったのかな?  そう思っていると、無言で帯を取り始めた。意味が分からずに、ポカンとしていたけど直ぐに我に返った。 「ちょっ! 何して!」 「動かないで、直すから」 「別に、さっきのままでいいのに」 「下着が見えている状態で、出かけるとか自覚を持って」  真面目な顔をして、言われてしまった。自覚って何の話なのか分からずに、頭に? が浮かんでしまう。  下着が見えていても、男なんだから大丈夫でしょ。でもな、確かに人前に行くのにだらしないのはよくないよな。  彼の隣で歩くのに、だらしないのはよくない。ただでさえ、こんなイケメンなのだから恥ずかしくないようにしないとね。 「よしっ! 出来た!」 「凄い! 全然、違う」 「律さん、約束して。絶対に、下着を俺以外に見せないで」 「うん、分かってるよ?」 「……本当に、分かってるのかな」  よく分かんないけど、ため息をついている。変なの? 誰に見せるって言うの? 誰にも見せないよ。  僕が頷くと、優しい笑みを浮かべて手を握られた。彼の横顔を見ながら、僕らはホテルを後にした。  彼に手を引かれて、最初の目的地である熱帯動物を見ることが出来るミニ動物園に向かった。 「カピバラと、遊べるって」 「カピバラか……写真撮れるかな」 「律さんって、動物好き?」 「んー、普通だけど……漫画に使えるかな? って思って」  僕がそう言うと、納得したようだった。漫画を描いていると、写真を撮りたい欲が出てくる。  Webデザインでも、必要になってくるし。でもな……一人で来たりするのと違って、彼もいるし単独行動は良くないよね。  首に掛けている一眼レフを、持って色々と考えていた。持ってきたはいいけど、使いそうにないな。 「律さん、俺に構わず撮っていいから」 「でも……それは、一緒に来てるし」 「いいよ。俺は律さんが、楽しんでくれればそれでいいから」  この人はもう……どうして、そんなにキラキラしているのだろうか。そんなこと言われたら、お言葉に甘えることにしよう。  それに周りからクスクスと笑われていて、恥ずかしいから……。それから爬虫類や、亜熱帯の動物たちを写真に撮った。 「透真くんは、動物好き?」 「まー、そこそこかな」 「そっか、写真に撮ろっか?」 「いいな。じゃあ、一緒に撮ろう」  少し恥ずかしかったけど、僕らはスマホのカメラで何度か一緒に撮った。彼と撮るには僕が背伸びして、彼が屈んでくれないと撮れない。  必然的に体を密着させないと出来なくて、フワッと香ってくる甘い香りが、体を熱くさせる。 「律さん、お腹空かない?」 「そう言われると、お昼食べてなかったね」  言われると人ってお腹が空くようで、僕らは動物園のフードコートへと向かった。少しお昼時からズレているからか空いていた。  海鮮パスタとマルゲリータピザを注文した。紅茶とオレンジジュースを頼んで、僕らは空いている席へと座った。 「律さん、半分ずつ食べない?」 「いいよ。最初は、海鮮パスタがいい」  海鮮パスタを食べると、口いっぱいに広がってくる海鮮がかなり美味しかった。紅茶とのバランスがよくて、気がつくと既に半分食べていた。  そこでピザを頬張っている彼と目が合って、微笑んでくれた。その時の表情が綺麗で、思わず目を逸らしてしまった。  すると何故か彼に口元を、手で拭われた。そして何故か手を舐めていて、驚いてしまった。 「律さん、ケチャップついてる」 「言葉で言ってよ!」 「可愛いなって思って」 「もう……恥ずかしいな」  あーもう、恥ずかしい。ついているなら、言葉で言ってくれればいいのに。周りから見られているのに、少しは気にしてよ。  急激に恥ずかしくなって、僕はそっぽを向いてピザを食べ始めた。正直美味しいんだけど、恥ずかしさのせいで味が分からない。  僕の気持ちを知ってか知らずか、彼はニコニコ笑顔でパスタを食べていた。本当この人は、どうしてそんなにカッコいいのだろうか。 「律さん、デザート食べない?」 「うんじゃあ、食べる」 「買ってくるね」 「僕も行くよ」 「ここに座ってて」  当たり前のように買ってきてくれるって……スマートすぎて、慣れているんだろうなって思ってしまった。  付き合いたいって思ったのは、僕が初めてって言っていたけど……。でもそれでも、僕が知らないだけでデートとかもしたことあるよね。 「はあ……」 「お姉さん、一人?」 「俺らと遊ばない?」  何故か僕の席の近くで、ナンパみたいなことを言っている男二人組がいた。多分大きいから、αだと思うけど誰に言ってるんだろう。  僕には関係ないだろうと思ったから、気にせずに紅茶を飲んでいた。それなのに、一向に僕の近くから退かないでニコニコしていた。 「あれ? 聞こえなかった?」 「おねーさん?」  もしかしなくても、僕に対して言ってるよね。僕のことを女だと思ってるのかな。ほんとどいつもこいつも……。
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