44話 線引き

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44話 線引き

 ほんとこういう時って、どうすればいいのか分からない。人付き合いって、凛斗以外としてないから。  凛斗とは言葉交わさなくても、なんとなくでお互いに分かってしまう。考えてみたら、凛斗とは二十年以上の仲だ。  しかし彼とは数ヶ月の仲で、お互いに言ってないことがたくさんある。今こそ、年上の余裕を見せるべきだと思う。 「その……上手く言えないけど、言ってほしい」 「えっと、上手く纏められないというか」 「上手くなくていいよ。基本的に、人付き合いが苦手だから言って欲しい」 「律さんは、大人ですね……」  よく分からないけど、彼は落ち込んでいるように見えた。僕ってそんなに、大人なわけじゃないと思う。  僕なんかよりも彼の方が、大人な感じがする。僕の方が確かに、六つも上で年上だけどそんなの関係ない。 「僕なんかより、透真くんの方が大人だよ」 「むぎゅむぎゅする」 「あにして」 「僕なんかって言ったから……律さんの方が、大人だよ」  僕の両頬を触って、むぎゅむぎゅされた。そういえば、そんなこと言われたような気がした。  僕らは一体何をしているんだろう。せっかく草津に来たのに、路地裏で話しているなんて……。 「あのさ、せっかく草津まで来たんだから。満喫しようよ」 「そうだな……話は後にしよう」  僕らは手を繋いで、再び街中を散策していた。気になることもあるけど、今は草津を楽しみたい。  せっかくの誕生日に、暗い気持ちになって欲しくない。美味しそうなお饅頭があったから、僕らはそれを買うことにした。 「熱い」 「蒸し立てって、ふかふか」 「律さん、こっちの栗餡も美味しいよ」 「こっちの黒糖もいいよ」  どっちの蒸し立て饅頭も、絶品で美味しかった。口いっぱいに、広がる程よい甘みが最高だった。  他にも色々と食べ歩きをして、お夕飯が入るか不安だった。暗くなってきたし、僕たちはホテルへと向かった。  手を繋いで歩いていたけど、やっぱどこか不安が心に広がっていた。それでも何処か不安げな彼を見て、年上の僕がしっかりするべきだと思った。 「律さん……その」 「座ろっか」 「ああ……」  窓側にある椅子に座って、僕らは向き合っていた。彼が僕を見ずに、俯いていて少し寂しかった。  それでも今、歩み寄らないと離れてしまうそうで怖かった。意を決して深呼吸して、思ったままを口した。 「透真くんは、何を悩んでいるの?」 「……年が離れているから、子供っぽいって思われているんじゃないかって」 「そんなこと?」 「俺にとっては、重要なこと」  僕の言葉に分かりやすく落ち込んでしまって、黙り込んでしまった。僕って言葉足らずなようで、相手を傷つけてしまう。  別に彼の想いを、軽んじているわけじゃない。今の言い方だと、語弊が生まれてしまうかもしれない。 「えっと、上手く言えないけど……透真くんの方が、大人だと思うよ」 「そんなことない……律さんは分別がついていて、今だって色々と考えてくれている」 「それは僕の方が、一応年上だし……」  僕は彼の誕生日だからって理由で、この場を上手く切り抜けようとしているだけ。彼にそんな悲しそうな顔して欲しくないから。  本当はこんな時に、どうすれば最適なのか分からない。結局このまま何も解決しないと、同じことの繰り返しなのだろうと頭では分かっている。  それでも彼もだと思うけど、お互いに後一歩が踏み出せずにいる。まだ出会って日が浅くて、相手が何で怒るのかが分かっていない。  でもそれって、付き合ってるって言えるのかな。僕の両親を見ていると分かる。喧嘩しても、直ぐに仲直りして笑い合っている。  でもそれはお互いに、これ以上はダメだという線引きが出来ているからだと思う。僕らには、まだそれが分からない。 「律さんは、俺のどこが好きなんですか」 「え? 何、急に」 「ずっと見ない振りをしてた。心の何処かで……俺が好きだって言ったから、律さんは俺と付き合ってるんじゃないかって」  何それ……そんなこと思ってたの。そんなわけないじゃん……好きでもないような相手に、キスされたりそれ以上されたりすると思ってんの。  初めてなんだよ……こんなに離れたくなくて、でもどうしたらいいのか分からない。気がつくと俯いて、涙が溢れてきた。  手や浴衣に雫が落ちてきて、拭っても拭っても止まらない。情けないな……上手く言葉に出せなくて、それだけじゃなくて泣く事しか出来ない。  こんなんじゃ、いつか愛想を尽かされてしまうじゃないか。そう思っていると、いつの間にか近くに来ていた彼に抱きしめられた。 「律さん、泣かないで」 「……口下手で……ごめん」 「そんなことない……俺の方こそ、ごめん」  優しく香ってくる甘い匂いが、気持ちを落ち着かせてくれた。運命の番の効果なのか、それとも彼だからなのか分からない。  それでも一つだけ確かなのは、運命の番だから好きになったわけじゃない。透真くんだから、色々としてあげたいって思う。  透真くんだから、少しの感情の変化に敏感になってしまう。こんなの好き以外の何ものでない。 「好き……だよ……だけど、それを上手く表現できない」 「いいよ……少し、焦りすぎた」  少し悲しそうにつぶやいたその言葉を聞いて、僕は首を横に振った。すると優しく微笑んで、より一層強く抱きしめてきた。  このままじゃダメだって、分かっていても……どうしても、後一歩を踏み出せずにいる。  今だって、結局彼に気を遣わせてしまった。別に年上のプライドとか、リードされることに不満はない。  寧ろ僕はどうすればいいのか、分からないから引っ張っていってくれると嬉しい。この想いをどうすれば、伝えられるのかな。  素直になりたいけど、どこか甘えてばかりだとよくないって思ってしまう。そう思ってしまうのが、よくないのかもしれない。 「その、好きじゃないのに……こんな風に、出掛けたりしないから」 「そうだよな……分かってるよ。だけど、不安になってしまう」  彼の不安な気持ちも分かるから、責めることは出来ない。だけど、やっぱ少し悲しい気持ちになってしまう。  僕のこの気持ちはどうやったら、しっかりと伝わるのだろうか。そう思って見つめていると、だんだんと彼の顔が真っ赤になっていった。  どうしたんだろう? もしかして、風邪がぶり返したのかな? それなら、この話はもうやめた方がいいのかな?
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