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45話 奇行
「具合悪いなら、休んだ方がいいんじゃない」
「え? 具合悪くないが」
「だって、顔赤いよ? 熱でもあるんじゃない?」
「こ、これは……熱は熱でも、違うやつ」
何故か顔を手で隠して、そっぽを向いてしまった。不思議に思いつつも、今は休んだ方がいいと思った。
ずっと抱きしめられていて、そろそろ暑い。そう思って、僕はそのまま伝えることにした。
「その、夕飯はお腹いっぱいだからいいけど。早めに寝よっか」
「お風呂は?」
「具合悪いなら、入らない方が……」
「えっと、心配してくれるのは嬉しいが……具合は、悪くないから入ろう」
彼がそう言うなら汗かいたし、入ろうかな。僕らはお風呂の準備をして、一階の大浴場へと向かった。
その間、彼は何やら考えているようだった。何度も何度も、歩みを止めて僕をチラ見していた。
「どうしたの?」
「ここって、他の人もいるんだよな」
「そりゃあそうでしょ。温泉なんだから」
「……個室の温泉にすればよかった」
「何の話?」
なんかよく分からないけど、ムスラっとしていた。脱衣場に入ってからも、何故か周りを睨んでいた。
僕の近くから離れようとしないし、変な人だなと思っていた。いい加減にしないと、周りから変な目で見られている。
「あのさ、どうしたの? 目でも悪いの?」
「ここの個室のお風呂、温泉じゃないからな」
「僕の質問、聞いてる?」
「んー、やっぱ温泉がいいよな」
変な人のことは放っておいて、早く脱いでお風呂に行こう。僕がそそくさと歩いていくと、彼は急いで脱いで走ってきた。
その様子が可愛くて、少しゆっくり歩いた。風呂場に入っていくと、メガネが曇って何も見えなくなった。
「曇って見えない」
「メガネ取ったら?」
「もっと、見えない」
「じゃあ、連れて行くよ」
手を繋がれたから、僕は大人しく洗い場に連れて行ってもらった。椅子に座らせてもらって、メガネを外された。
下半身にタオルを巻かれて、困惑してしまった。お風呂場なのに、そうする必要あるのかな?
そう思っていると、背中を洗われていた。ここまでしてくれなくても、大丈夫なんだけど。
「いいよ。そこまでしてくれなくても」
「気にしない。気にしない」
見えなくても、鼻歌混じりの彼が上機嫌なのは分かった。変な人だな……機嫌悪かったり、奇行をしてみたりする。
機嫌が悪いより、いい方がいいに決まってるけど。それにしても、ずっと上機嫌で、僕の体や頭を洗っている。
見えなくても、周りからの視線は痛いけど。そんなことを思っていると、いつの間にか終わったようだった。
「体洗ってるから、ちょっと待ってて」
「先に湯船に」
「直ぐ終わるから」
「分かった」
彼の圧に何も言えなくて、気がつくと従うしかなかった。まあメガネをかけても、曇るから危ないし。
そう言いたいんだろうなと思って、特に気にしないことにした。急いで洗っているようで、物凄く適当だったけど。
その様子を見えないけど、ぼんやりと見つめる。具合が悪いって思って、話を碌にせずに終わってしまった。
よくないとは思いつつも、怖くて真意が聞けない自分がいる。そう思っていると、頭を撫でられてメガネをかけられた。
「さて行こうか」
「あっ、うん」
彼に手を繋がれて、湯船に入ると気持ちよくて声が出てしまう。メガネが曇ってて、よく見えない。
だけど彼が凄く、近い距離に座ったのは分かった。そんな近くに来なくても、そんなに人いないでしょ。
目が見えない僕を、気遣ってくれているのかな? 気にしすぎなんだよな……そう思っていると、とあることを聞かれた。
「律さんって、そんなに目が悪いのか?」
「うん、そうだよ。昔からね」
「コンタクトは?」
「あんなの、目に入れるなんて怖い」
小学生の時から、メガネかけている。中学の時にコンタクトに、挑戦しようかと思った。
でも怖くて、出来なかったから諦めたんだよね。出来ないものは出来ないと、完全に開き直った。
「律さん、一人で目薬もさせないからな」
「目に異物を入れてる感じがする」
「まあ確かに、怖い人には怖いかも」
「得体の知れないものを入れてる感じ」
「オーバーだな」
確かに若干、自分でも大袈裟だなと思ってしまった。そこで流石に暑いなと、思って立ち上がった。
すると何も言わずに彼も立ち上がって、僕の下半身にタオルを巻いてきた。そこまでする必要あるのか疑問だ。
まあ別にどうでもいいけど……そう思っていると、手を繋がれて湯船から出た。外に連れて行かれたようで、涼しい風が吹いてきた。
「涼しいね」
「外だと、見えるか?」
もう完全に暗くなっていて、月明かりとライトアップされた露天風呂が幻想的だった。メガネも曇ってないし、しっかりと見えた。
「うん、そうだね。見えるから、手いいよ」
「さて、入るか」
彼は気にせずに、手を繋いだままに湯船に入っていった。それにつられて、僕も入って中に入っている岩に腰掛けた。
それにしても、僕の言葉がたまに聞こえないのだろうか。タオルを外すと、何故か目を逸らされた。
腰から下だけ入っている状態で、彼は鼻歌を歌っていた。他に誰もいないし、気になったことを聞いてみることにした。
「なんで、個室に拘るの?」
「……見せたくないから」
「何を?」
「律さんの裸」
どういうこと? 意味がわからないんだけど……別に男同士なんだから、気にする必要ないと思う。
たまに意味の、分からないことを言い始めるんだよな。でも嬉しそうにしてるしいいか……。
そう思って僕が湯船に浸かると、彼が僕の髪を触ってきた。少しくすぐったいけど、愛おしそうな目で見つめてくる。
「律さんは、髪染めないの」
「う〜ん。今まで考えたことなかった」
「律さんは、ピンクが似合うよ」
ピンクか……好きだけど、余りにも派手じゃないかな? それに本当に、僕に似合うか分からないし。
でも、彼が言うのならやってみてあげないこともない。少しハードルが高そうだけど、旅行から帰ったら美容院に行こうかな。
「まあ、気が向いたら染めるよ」
「楽しみ」
嬉しそうに言う彼が眩しくて、体温が上がって行くのを感じた。急に恥ずかしくなったから、僕が上がると彼も上がった。
そして毎度のことながら、僕の下半身にタオルを巻いてきた。それをする必要ってあるのか、疑問でしかないんだけど。
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