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53話 番犬くん
今後凛斗と距離を置くには、彼の助けが必要になると……。現状少しずつ取れてはいるけど、それでも連絡はしている。
両親が仲がいいから、完全に距離を取ることは難しいだろう。
上手く説明できる気がしないなと思っていた。すると湯船に入ってきた彼に、後ろから抱きしめられた。
「眉間に皺寄せて、どうした」
「少し聞いてくれる」
「ああ、もちろんだ」
胸を張って答える彼が、可愛くて僕は吹き出しそうになった。僕は緊張が解けて、リラックスした状態で話すことができた。
凛斗と離れたいことだけを、軽く要点だけを摘んで話した。彼は黙ってそれを聞いてくれて、何やら考えていた。
「律さんは、藤島先輩と仲が悪いのか」
「悪くないけど、少し怖い時がある。束縛気味だし」
「束縛か」
「うん、僕のこと心配してくれているのも分かってるけど……」
たくさん心配かけて、迷惑もかけている。だからって行動を制限したり、恋人を作るのまで口出ししてくる。
鹿野のことが、あったからだと思っていた。でも、考えてみたらもっと前から何だよね。それが、少し怖いって感じてしまっていた。
「心配してても、束縛はダメだろ」
「だよね……疑問には思ってたんだけど、踏み込むのが怖かったから」
「他には友達はいないのか」
「何故か昔から、凛斗以外と仲良くなれなくて」
「……そういうことか」
彼の言葉の真意は分からないけど、何やら怒っているように見えた。少し前までは、凛斗と仲良くしていれば孤立せずに済んだ。
でも今はそんなこと考えなくても、彼や湊くんとついでのバカもいる。彼は何かを考えていたようだった。
「透真くん……凛斗と離れた方がいいと思う?」
「俺は正直、離れてほしい。でもそれは、嫉妬するからで……決めるのは、律さんだよ」
「嫉妬? 凛斗に?」
「……マジで気がついてないのかよ」
彼は半分呆れ気味に、ため息をついていた。凛斗に嫉妬する意味が分からないんだけど……。
あれかな? 僕がちょっとだけ、湊くんに嫉妬していたのと同じ理由かな。好きだから気になるし、嫉妬してしまう。
「嫉妬云々は置いておいて、僕は少し距離を置くべきだと思ってる」
「俺は律さんが決めたことなら、尊重するよ」
「透真くん、ありがとう」
「でもこれだけは、忘れないで……俺は何があっても、律さんを裏切らないから」
耳元で囁かれて、体がビクンとしてしまう。後ろから抱きしめているから、密着しているし。
それに何度も体を重ねているとはいえ、まだまだ恥ずかしさもある。体を洗ってもらうのには、抵抗がなくなってきた。
だけど後ろから抱きしめられるのは、少し恥ずかしい。自分でも可笑しいとは思うが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「んっ……」
「マジで、可愛い」
「もうっ……でも、ありがと」
僕が振り返って、お礼を言うと優しくキスをされた。優しく微笑んでくれる彼が、カッコよくて僕たちは暫く見つめ合っていた。
それから数日後、無事に引っ越しを済ませた。その次の日のこと、僕たちは一緒に出勤した。
「お昼は、食堂?」
「うん、そのつもり」
「一緒に食べよう」
「いつもそうでしょ。何を今更」
「念のための確認」
意味の分からないことを言って、人事部へと向かった。まあいつもの、奇行かと思って特に気にしてなかった。
「律さん、迎えに来たよ」
「そっか、もうそんな時間か」
「来たな、宮澤の番犬くん」
彼がwebデザイン科に来たから、僕は立ち上がった。すると同僚の一人に、揶揄われた。
他人の恋人に変なあだ名つけないでよ。とは思いつつも、ピッタリすぎて笑いそうになった。
彼が不思議そうにしていたけど、気にせずに手を引っ張った。食堂に到着すると、彼に椅子に座らせられた。
僕が何かを言う前に、そそくさと買いに行った。周りからは、番犬くんとかって聞こえてくる。
僕が知らないとこで、変なあだ名をつけられているようだった。そこで彼がお盆を持ってきたから、思わず吹き出しそうになった。
「律さん、どうした?」
「いや、何でも」
焼き魚定食が僕の前に、唐揚げ定食が隣に置かれた。彼が隣に座って、箸を渡してきた。
僕が何を食べたいのか、よく分かっているなと思った。ほんと、出来る彼氏で僕は幸せ者だと思った。
それはそれとして、周りからジロジロと見られている。運命の番だからとか、言われているんだろうな。
たまに忘れてしまうぐらいに、慣れて来ている。彼はどう思っているのかな……。前にわがままで、付き合ってくれているって言っていた。
今でもそう思っているのかな……。もしかして、運命の番ってことが気になるのかな。
「はーい、あ〜ん」
「もぐっ……」
「美味しい?」
「うん……自分で出来るから」
僕が色々と考えていると、彼が魚の骨を取っていてくれた。口元に持って来られたから、反射的に食べてしまった。
ご丁寧に醤油までかけてあって、香ばしさがあって美味しかった。周りからの視線が少し痛くて、それ以上するのを阻止した。
「つまんない」
「そういう問題じゃない」
すると少し不満そうにしていて、それが少し可愛いと思ってしまった。僕は唐揚げを一つ取って、彼の口元に持っていった。
一瞬驚いていたけど、分かりやすく笑顔になって食べてくれた。まるで餌付けしているみたいで、少し嬉しくなった。
この光景がいつものことになるぐらいに、僕らはいつも側にいるのかもしれない。
仕事が終わって、僕は欠伸をしながらロビーで待っていた。早く来ないかな……今日は、早く帰ってアニメ見たいんだけど。
「律さん、お待たせ」
「ブフッ……」
「何か面白いことでも?」
「な、何でもない」
彼の顔を見た瞬間に、番犬くんって言葉を思い出した。彼の顔を見ると、笑ってしまいそうだったから歩き出した。
彼は何も言わずに、ちょこちょこ着いてきた。その様子が確かに、犬に見えるなと思った。
外は少し寒くなってきたから、僕らは腕を組んで歩き出した。彼の体温と甘い香りが、心地よくていつまでもこうしていたいと思った。
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