56話 信じる

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56話 信じる

 鹿野は本当に反省しているみたいで、これ以上何かを言うつもりはなかった。彼が優しく頭を撫でてくれた。  彼を見ると、僕を優しく見つめてくれていた。そして直ぐに睨みながら、鹿野に低い声で言っていた。 「信じることは、耐えることだろ。お前はそれが出来なかった。ただそれだけだろ」 「透真くん……」 「そうだな……余計なお世話だと思うが、藤島とは関わらないほうがいいと思う」  鹿野は僕のことを、考えて言ってくれている。彼にもそう言ってるし、自分でもそうするべきだと分かっている。  何十年と一緒にいて、信頼しているはずなのに崩れていくような気がした。それでも心のどこかで、信じたい気持ちもある。  鹿野のことや、彼に関してのこととか……きっと何か嘘をついたのは、やむを得ない理由があったのではないか。  自分でも分かっているんだ。凛斗とは距離をとって、関わるのは最低限の方がいいって。 「藤島と話すなら、俺も行こうか」 「……大丈夫。凛斗とは、僕がケジメをつけないと」 「何かあったら、言ってな」  頭を撫でてくれて、僕は嬉しくなって微笑んだ。この手の感触がとても、好きで落ち着いてしまう。  甘い香りが漂ってきて、嬉しくなってしまう。僕らが見つめ合っていると、顔を真っ赤にした鹿野に咳払いをされた。 「俺がいることを、お忘れなく」 「見せつけてるんだ」 「お前って、性格悪いな」  二人の言っている意味が分からなくて、只々困惑してしまう。それでも何か、言い合っていた。  彼にはもう鹿野に対しての、憎しみを感じなかった。彼なりに何か考えていてくれて、それが堪らなく嬉しくなってしまう。 「とにかく、近いうちに凛斗と話してみるよ」 「それがいいな。乗り気はしないが」  僕だって本当のことを知りたくない。だけど、これ以上知らないままでいるのはよくない。  それからケーキとコーヒーをご馳走になって、海辺を歩いて車に戻る道中。なかなかに寒くて、身震いをしていた。  彼が肩を抱いてきて、見上げると優しく微笑んでいた。不思議と体がポカポカしてきて、勇気が湧いてきた。 「本当は言うべきか、悩んでいたんだけど」 「どうしたの?」 「昴が写真を見せられた時に、小笠原さんもいたらしい」  そこで僕は、高校生の時のバカの発言の意味の合点がいった。あいつだけは、僕を信じてくれていた。  あいつは誰に対しても、優しくて重たいものを持っている人の手伝いをしていた。僕も何度か、持ってもらってことがある。  使えるものは親でも使えっていうから、僕は上から目線でこき使っていた。少し文句を言いつつも、なんだかんだでやってくれていた。  言葉には出せないけど、一定の感謝はしていた。でも何故か、イラついたのは覚えている。  車に到着して、僕たちは車に乗り込んだ。シートベルトをつけながら、僕は疑問に思ったことを聞いてみた。 「どうして、言うのを躊躇ったの?」 「だって、律さんが小笠原さんになびかれると困るから」 「それは天と地が、ひっくり返ってもないから。推しに誓っても、絶対にないから安心して」  僕が即座に否定すると、彼が心底安心していた。あのバカととか、気色悪すぎてあり得ない。  人としてはいいところもあるけど、恋愛感情を抱くことは絶対にない。例えこの地球上に、二人しかいなくなっても絶対にない。 「それに、僕は透真くんがす……好きなんだから、他の人にそういう感情を向けることはないから」 「俺も律さんが、好きだよ」  まだ発進していなかったから、僕は彼のコートの裾を引っ張った。恥ずかしかったけど、精一杯の勇気で自分の気持ちを告げた。  すると、彼は優しく微笑んで頭を撫でてきた。この感触が好きで、彼の手の上に自分の手を重ねた。  急激に体温が上昇して、寒いはずなのに……。彼の笑顔を見ると、体がポカポカしてきた。 「何かあったら、直ぐに言ってね。いつでも、律さんの味方だから」 「うん……ありがとう」  自然と僕たちは、お互いの目を見て微笑んでいた。彼に頬を触られて、優しく触れるだけのキスをした。  次の日。僕は凛斗を、実家近くの公園に呼び出した。凛斗の家に行って話そうかと思ったけど、彼に他の人の目があるところがいいと言われた。  過保護だなと思いつつも、素直に言うことを聞いてみた。ベンチに座って、僕らは話をしていた。 「で? どうしたんだ? 改まって」 「……昨日、鹿野に会った」 「……何か言ってたのか」  怖くて凛斗の顔を見れなくて、僕らの中に変な空気が生まれてしまった。見慣れている公園のはずなのに、この空気のせいで緊張感のある場所に変わってしまった。  変な汗が出てきて、生唾を飲み込んでしまう。それでも僕は、意を決して口を開いた。 「鹿野に僕が浮気したって、話したって……本当」 「はあ……余計なことを」  心のどこかで、否定してくれるんじゃないかって……。その期待は無慈悲にも、打ち砕かれた。  どうして……何か凛斗に、嫌われるようなことした? 普通の幼なじみとして、今までやってきたじゃん。  お互いに両親にも言えないことでも、僕らは信用して話していた。凛斗のことは信用していたけど、怖い部分もあった。  距離を置きたいと思っても、信じたい気持ちもあった。だからどうしても、本気で離れることが出来なかった。  ――――それでも、信じていたのに。  今日だって、否定してくれるって思っていたのに。只の勘違いだったって言われても、今更なんとも思わない。 「言ったんだ……なんで」 「分からないのか」  気がつくと凛斗が、至近距離にいた。僕の後ろの背もたれに、両腕を置いていた。  その時の僕を見つめる表情が、見たことないぐらいに恐ろしかった。何か声を出すべきなのに、強張ってしまって何も言えない。 「俺は律が好きなんだよ。物心ついた時から」 「ごめん……僕は、透真くんが好きだから」  真っ直ぐに目を見ると、凛斗は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。そして顔を近づけてきて、いきなりのことで反応できなかった。
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