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6話 これ以上好きにさせないで
えっ? そういうことだったの? 熱中症だと思ったから、助けてくれようとしたってこと?
逆に疑いたくなるぐらいに、善意しか感じられない。だってキラキラな笑顔を、向けてきている。
その瞳には一点の曇りもなくて、ますます僕は自分が汚れているように思えた。こんなに親切にしてくれているのに……。
「宮澤先輩、大丈夫ですか? 真っ赤ですよ」
「あっ……だいじょ」
「つっ……と、とにかく……その、熱を冷まして下さい。俺はトイレに……」
「あっ、うん……」
頬を触られて冷たい手が心地よくて、微笑んでしまう。すると今度は、金城くんの顔がみるみるうちに真っ赤になった。
不思議に思っていると、急に立ち上がってトイレに行ってしまった。変な奴だな……と思って、飲み物を飲み干す。
「もしかして、あいつの方が熱中症なのか?」
僕は心配になってきて、トイレに入った。すると個室が一つだけ締まっていて、ここだと思ってノックしようとした。
「ふっ……んっ……り……つさ」
中から明らかに、アレをしていると思われる声が聞こえてくる。僕は急激に恥ずかしくなって、直ぐにトイレを後にする。
席に座って突っ伏して、妄想してしまった。あいつが一人でするところを……こんな公共のトイレでする奴があるかよ……。
僕は悪くない不可抗力だ。あんな場所で、しているあいつが悪いんだ! そう思っていると、あいつがいつの間にか席に戻ってきていた。
「熱はもう、大丈夫ですか」
「あっ……まあ、大丈夫」
僕は静かに起き上がって、顔を見ると優しく微笑んでいた。よくあんなことしておいて、平然としていられるよな……。
しかも、人の名前勝手に使っておいて……僕で抜いていたんだよな。あっ……ダメだ! 妄想するな!
「宮澤先輩、他に買い物とかあるんですか」
「えっと、食料とか……」
「手伝いますよ」
「えっ……でも」
「また熱中症になったら、大変です」
こいつはもう……そんな爽やかな笑みで、言ってくるなよな。断りづらいじゃんかよ……。
その純度百%の笑みに、勝つことが出来なかった。結果今現在、一緒にスーパーで買い物中だ。
「欲しいものはありますか」
「お米……」
「分かりました。重たいものは、俺が持つので遠慮なく言って下さい」
「じゃあ……飲み物も」
僕が素直に答えると、優しく微笑んでくれた。終始顔が見れずに、こいつのペースに巻き込まれてしまう。
でもそれなのに、全く嫌な感じがしない。それどころか、善意が嬉しくてこそばゆく感じてしまう。
楽しい……こいつといると、無条件で楽しくて晴れやかな気持ちになる。運命の番の効力だったとしても、今はそれでいいや。
「宮澤先輩、行きましょう」
「あっ、うん」
宣言通り重たいものを持ってくれて、僕はお菓子や食材など軽いものを持った。僕なんかと違って、筋肉がついていて綺麗だった。
イラスト描いたりするからか、人の骨格に詳しくなった。身長も違うから、歩幅も違うはずなのにペースを合わせてくれた。
「あっ……いいよ、ここまでで」
スーパーでの買い物を終えて歩いていた。部屋の近所の河原まで歩いたところで、僕は目を逸らしながら告げた。
すると立ち止まって、少し驚いていた。何やら少し考え直ぐに、振り返って微笑んでくれた。
そんな仕草に表情に、ドキッとしてしまう。間違いない……僕は、金城透真に恋をしている。
「そんなこと言わないで、頼ってください。行きますよ」
「あっ……うん」
僕が静かに頷くと優しく微笑んで、再び歩幅を合わせて歩いてくれた。お願いだから、これ以上好きにさせないで。
こいつが僕をどう思っているか、知らないけど……僕はもう、期待なんてしたくないんだよ。
「ここですね。結構、立派なマンションですね」
「あっ、まあね」
気がつくと部屋の前に着いていて、僕は持てないよな……冷静になって、この荷物運び入れるのは大変である。
基本的に、PCに向かって自堕落な生活している人間には無理だ。仕方なく招き入れるとするか……。
ここまで持ってくれたのに、お茶ぐらいは出さないと……本当に熱中症にでも、なったら後味悪いし。
「入れば、荷物入れて……お茶ぐらい出すよ」
「入っていいんですか」
「嫌ならいい」
「入ります! 入らせてください!」
何故か嬉しそうにしていて、まるで大型犬のように見えた。心なしか耳と尻尾が、見えるような。
「分かったから、上がって……」
「はいっ! お邪魔します」
元気な奴……可愛いなんて、少し思ってしまった。米や飲み物などの重たいものを、玄関脇のサービスルームに入れてもらった。
僕は冷蔵庫の中に、食材を入れていた。体が熱くなってきて……全身がダルくなってきた。
もしかして……これって、ヒートか……なんで、予定は明後日からのはずじゃ。個人差はあるけど、ヒートは三ヶ月周期だ。
はあ……僕は、今までズレたことないのに。確実に可笑しい……今まで一度もこんなことなかったのに……。
「宮澤先輩、他に何か手伝うこ……この匂い」
「こな……いで……」
「んっ……帰ります……はあ……」
リビングに入ってきた金城くんが、必死にラットを抑え込んでいるようだった。僕は冷蔵庫の、扉を閉めて立ち上がった。
そのままソファに行こうとしたけど、足がもつれて転びそうになった。頭がぼうっとして、体も上手く動かせない。
怪我してもいいや……そう思ったけど、一向に痛みが来ない。不思議に思っていると、金城くんに後ろから腰を支えられていた。
ソファに押し倒される形になっていて、ダイレクトに匂いが伝わってくる。それでも、不思議と嫌な感じがしない。
「はあ……だいじょ……ぶですか」
「はあ……んっ」
自分だって辛いはずなのに、僕のことを心配してくれている。どんだけお人よしで、優しいのだろうか。
でも正直この体勢は辛い……むせかえるような、甘い匂いが充満している。その……こいつの主張しているアレが、僕の腰に当たっている。
ヒートが起きているせいで、体を動かすことができない。声も出したいのに、上手く口を開くことすら出来ない。
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