7話 周期のズレ

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7話 周期のズレ

「もうっ……はあ……だいじょ……ぶだから」 「はい……かえ……ります」  それでも必死に掠れているけど、なんとか言うことができた。金城くんの色っぽい吐息が、首筋に当たって変な声が出る。  必死に抑え込んでいたようで、なんとか立ち上がっていた。千鳥足で、リビングを後にしたようだった。  ここはオートロックだから、鍵閉めなくていいから楽だ。いなくなっても、僕の服に匂いが染み付いてしまったようだった。 「はあ……着替えないと……はあ」  早くリビングから出て、着替えないと……そう思っていると、リビングのドアが開いて凛斗が入ってきた。 「大丈夫か……一応来て、良かったよ」 「はあ……ベッ……ドに」 「オッケー、ほら立って……しっかり掴まって」  凛斗に肩を貸してもらって、ベッドに寝かせてもらった。優しく微笑んで頭を撫でて、寝室を後にしたようだった。  こういう時、凛斗に合鍵と暗証番号を教えていて良かったと感じる。意識が朦朧とする中、浮かんでくるのは金城の顔だった。  凛斗に頭を撫でられても、触れられても平気なのに……あいつに触られると、熱が中々冷めてくれない。 「あーもう、恋なんてしたくないのに」  気がつくと寝ていたようで、体が少し楽になっていた。朝になっていて、お腹が空いてきて勢いよく鳴った。  考えてみたら、何も食べずに寝たから当然か……。全身が少し怠いけど、空腹には勝てない。  凛斗がサイドテーブルに置いてくれたメガネを、かけて寝室を後にする。  リビングに行くと、凛斗が冷蔵庫にメモを貼っていてくれていた。毎度の如く、おかずの作り置きをしてくれたみたいだ。 「マメだよな……」  冷蔵庫から、味噌汁と肉じゃがを取り出して温める。炊飯器を見ると既に、炊けていて鼻腔をくすぐるいい匂いが漂ってくる。  律儀なのか既に、冷凍庫に入れる分が流しに置いてあった。一回分のご飯だけが残っていて、一旦炊飯器を閉じた。  温まるまでの間に、凛斗のメッセージアプリにお礼のメッセージを入れて……金城にも連絡入れないとな。 「……連絡先、知らないじゃん」  その場にへたり込んで、僕の消えそうな声がこだました。好きだって分かっても、連絡先も知らない。  何も知らないじゃん……別に、知らなくてもいいか……連絡することなんて、今後一切ないのだから。  泣くことしか出来ずに、立ち上がって沸騰している味噌汁の火を止める。レンジから肉じゃがを取り出すと少し火傷した。 「あちっ、はあ……何やってんだろ」  一週間のヒートが開けて、僕は病院へと向かう。抑制剤を処方してもらうのと、相談があったからだ。 「なるほど、今月の周期がズレたんですね」 「はい、今までズレたことなかったんですが」 「なるほど……何か変わったことはないですか? 例えば、運命の番とか」 「運命の番には、出会いました……会社の後輩で」  僕がそう言うと先生が、うーんと少し考えていた。僕が不安に思っていると、驚くべき事実を口にする。 「周期のズレは、ほぼ……いや、確実に運命の番の影響です」  先生の話によると、運命の番は魂の共鳴によって起きるもの。通常一回や二回なら、フェロモンを浴びても影響はないらしい。  もちろん個人差はあるが、それは誤差の範囲内の話だ。それが複数回、しかもヒートが起こる直前だとそれがダイレクトに体に影響が出る。  つまりは僕の周期がズレたのは、運命の番の影響ってことか……まあでも、家に上げたのも僕の意思だし……。  ちょっとアクシデントはあったけど、金城くんは我慢してくれたし……仕方ないことだ。 「周期を、元に戻す方法が一つだけあります。あまりおすすめは、出来ませんが」 「どんな方法ですか」 「その……運命の番と、番になることです」  先生にそう言われて、他にも注意事項などを伝えられた。そして帰り道で、考えていた。  番になることか……一生無理なんだろうな……金城くんのことは好きだけど、もう二度と傷つきたくないから。  また今度恋愛で失敗したら、立ち直ることはできないから。鹿野のことをまだ、十年以上経っても引きずってる。  僕の足枷のようにまとわりついてきて、もういい加減うんざりだ。僕には恋愛なんて、向いていないんだ。 「だから、妄想の中だけでも……幸せにさせてよ」  夏の同人誌即売会に、出す題材を決めた。僕を主人公にした金城くんとの、ラブストーリーにしよう。  この気持ちは同人誌の中だけにして、永久に蓋をしようと心に決めた。その一週間後の出勤日に、あのバカップルに声をかけられた。 「宮澤先輩! 今日こそ、飲みに行きましょう!」 「広瀬くん……ごめん、無理だよ」  善意なのは分かってるから、胸が痛くなってしまう。転職も考えたけど、ここ以上に高待遇な企業ないんだよね……。  この二人とも物理的に距離を空けないと、前には進めない。そう思っているのに、広瀬くんに涙目になって懇願された。 「ダメ……ですか」 「うっ……はあ……分かったよ」 「宮澤、すまないな」  小笠原の馬鹿野郎が、謝ってきたけど……あんたのせいじゃないだろ。広瀬くんは純粋なのか、よく分からないな……。  僕が逃げ出さないように、しっかりと腕を組まれている。逃げようだなんて、思わないよ。  この子の方が背が大きいんだから、逃げようにも出来ないでしょ。はあ……この子は仕方ないにしても、この馬鹿は僕の過去知ってるでしょ。  何考えているんだか……話したくない。同情されるかもしれないし……そんなの惨めになるだけだから。 「個室の居酒屋にしましたので、気にせずにお話しましょう!」 「宮澤、湊くんは心配して」 「分かってるよ! ……なんで、どいつもこいつもお節介ばかり焼くんだよ」  二人に言われた通りに、個室に入って飲み物を注文した。飲み物が来るまでの間。僕たちの間には、全く会話がなかった。  飲み物が来たことで、人目を気にせずに話し始める。自分でも最低なことを、言っているのは分かってる。  広瀬くんも小笠原も、本気で心配してくれている。分かってるのに、どうしても前には進みたくない。 「あの……先輩は、透真のこと好きですよね」 「……好きじゃな」 「嘘つかないで下さい。見てれば分かります」  この子は一体何を考えているの……純粋無垢なのかと思ってたけど、瞳の奥に何か熱いものを感じる。  この瞳を見ていると、全てを見透かされるような気がする。そう思って、目を逸らしてしまう。
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