8話 透真のこと好き

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8話 透真のこと好き

「なんで、そう思うの」 「透真も同じような感じで、先輩を見ているので」 「……だとしても、僕は恋愛はもう二度としたくない」  僕がそう言うと、広瀬くんは不思議そうに首を傾げていた。流石に言ってないみたいだな……。  言えるわけないよな……小笠原が、どんな風に思ってるのか知らない。だけど、こいつは敵じゃないってことだけは分かってる。  頭では分かっていても、もしかしたら鹿野とまだ繋がりがあるかもしれない。善意でも悪意でも、どっちでもいいけど関わり合いたくない。 「あのさ……宮澤はさ、やっぱあの時のこと」 「あの時?」 「お願いだから、思い出させないで」 「あっ……悪い」  馬鹿も悪気がないのは知ってる。高校の時、誰に対しても平等に優しかったから。僕は心底どうでもよかったけど。  そんなことは、どうでもいいか……傷つくくらいなら、頑張る必要ないと思う。勝手に僕のせいにされて、後ろ指を刺されて……。  どんだけ惨めな気持ちになったと思う。この二人が悪いわけじゃないけど、やっぱり傷つきたくない。 「とにかく……僕は金城くんが嫌いとかじゃない。只もう二度と、傷つきたくない」 「好きなのは、認めるんですか」 「好きに捉えてもらって構わない。どちらにせよ……誰とも付き合うつもりはない」  そう言って荷物を持って立ち上がって、二人の横を通り過ぎようとした。すると見上げられる形で、広瀬くんに手首を掴まれた。  上から見ても可愛いな……僕よりも大きいから、いつも見上げる形だもんな。必死に何かを言いたそうにしていた。 「先輩……あの、僕」 「広瀬くん、僕は君のことは好きの部類に入るよ」 「ありがとうござ」 「だけどね……悪いけど、もう二度と会話することはないよ」  驚いている広瀬くんに若干、罪悪感を抱きつつ僕は個室を出ようとした。外からは他の客の声が聞こえてきた。 「マジか、あいつ子供できたのか」 「そうみたいだぞ……いいなあ、俺も早く結婚したい」  間違いない……この声とこのレモンの香り鹿野昴だ。このドアを向こう側にいるんだ……。  そう思ったら急に怖くなってしまって、立ちすくんでしまう。それに気がついた広瀬くんが、話しかけようとしていた。 「せんぱ」 「しっ……とにかく、座って」 「……そうだね」  今出ていくと、完全に鉢合わせしてしまう。それだけは避けたくて、不本意だけど大人しく座った。  小笠原がドアに耳を当てて、外の音を聞いてくれていた。しばらくすると、安堵のため息を漏らしていた。 「もう行ったみたいだ」 「えっと、どういうこと?」 「あっ……それは」 「いいよ、もう……話すから」  これ以上変に首をツッコまれるよりも、ここで話したほうがいい。そう思って、僕は高校の時のことをかいつまんで話した。  そのことがあるから、僕はもう二度と恋愛はしたくない。誰であっても、例え好きになってしまっても……。  馬鹿……流石にもう止めておこう。本気で心配してくれているみたいだし。小笠原は話を聞いている時、ずっと悲しそうにしていた。  一方何故か広瀬くんは、ずっと何やら怒っていた。どういう感情なんだろうと、思っていた。 「……これが事の顛末だよ」 「分かりました」  僕がひとしきり話すと、広瀬くんは何やら立ち上がって個室を出て行こうとする。僕は呆気に取られてしまう。  すると直ぐに小笠原が広瀬くんの、腕を掴んで動揺しながら声をかけていた。 「ま、待て……何処に行くんだよ」 「どこって、その鹿野って人に謝ってもらいにだよ!」 「謝ってもらうって……」  その光景に僕は何も言わずに、呆然と見つめていた。広瀬くんはとても憤慨していて、小笠原に抱きしめられて止められていた。 「人の話聞かないで勝手に、先輩のせいにして! 絶対に許さない!」 「落ち着けって! 一人で行ってもし、何かされたらどうにか出来るのか」 「……大丈夫! 僕、体は丈夫だから!」 「そういう問題じゃない!」  何これ、まるでコントや漫才を見せられているような……面白くなってしまって、つい吹き出してしまう。  そんな僕を見て二人も笑っていて、なんか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。僕たちは、さっきまでの重たい空気が嘘のようにしばらく笑い合った。  大人しくなった広瀬くんが座って、僕たちは再びしっかりと話すことになった。広瀬くんは、だいぶ残っていたビールを一気に飲み干す。 「宮澤先輩は、透真のこと好きなんですよね」 「関係な」 「あります! 透真は昔から、本当に優しくて……いつでも、誰かのために一生懸命なんです」  詳しいことは分からないけど、金城くんがいい人だってことは知ってる。今まで会ったαとは違って、根がとても綺麗だ。  だけど、僕が怖いんだ……今度また同じようなことになったらって……あの甘いフェロモンを嗅ぐと、嬉しくなってしまう。  それもまた、事実で……金城くんの気持ちは分からないけど、もし両想いだったとしても……。  上手くいくかは分からない……僕が俯いていると、優しく広瀬くんに抱きしめられた。年下なのに、妙な安心感がある。 「宮澤先輩」 「律でいいよ、広瀬くん」 「僕こそ、湊でいいですよ。律さん」 「ありがと……」  なんかよく分からないけど、もう少し頑張ろうと思った。それはそれとして、小笠原がこっちを見てイラついていた。 「いつまで、抱き合ってんだよ」 「こんなことで嫉妬するとか、ちっちゃい男」 「お前な……」 「まっ……湊くんに免じて、今日は一応お礼を言っとく」  はあ……とため息をついていて、なんか弄りがいがある。湊くんは、自分の座布団の上に座り直した。  まあ特に何かあったわけじゃないけど、なんか勇気が湧いてきた。それはそれとして、料理が運ばれてきたんだけど……。 「湊くん、あ〜ん」 「このエビチリ、美味しい」 「そうか、よかった」  僕のこと、心配して居酒屋に誘ってくれたんだよね…‥それなのに、完全に自分たちの世界に入ってる。  イチャイチャと、よくも飽きずに出来るよね……。そんな感じで見ていたけど、やっぱ帰ろうと思った。 「律さん、帰るんですか」 「お前、また諦めるのか」 「その件に関しては、一人で少し考えたい」  僕がそう言って立ち上がると、湊くんが悲しそうな顔をしていた。それ止めてよ……罪悪感が、胸に広がっていくから。
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