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9話 繋がれた手が熱くて
「カップルのイチャイチャ、見てるのしんどい」
「あー、それは……すまん」
「うっ……せめて、連絡先交換しません?」
それぐらいは、してもいいのかも……これからどうするかは、また別の話だけど。とにかく今は、前向きな様子にしとこう。
僕は湊くんの前に膝立ちして、スマホを取り出して連絡先の交換をする。そこでニコニコ笑顔を、浮かべて嬉しそうにしていた。
「律さん……透真は本当にいい奴なので、真剣に考えて下さいね」
「うぐっ……考えてみる」
そう言って荷物を持って、個室を後にする。不本意とはいえ、相談に乗ってもらったんだよね。
そう思って今頼んだ分だけでも、お会計を済ませておいた。今度こそ居酒屋を後にして、暗い道をトボトボと歩いていた。
「はあ……どうしよう」
土手を歩きながら、ため息が溢れてしまう。二人には前向きな発言をしたけど、どうすればいいのか分からない。
恋愛なんてしたくなくて、ずっと避けてきたから。やっぱ、僕には無理なのかもしれない。
そう思って悲しくなって、目から少し涙が溢れてきた。そんな時に、前から声をかけられた。
「宮澤先輩」
「……金城くん、なんで」
「湊から、送ってあげてって連絡が来まして」
「そっか……」
お節介もここまで来ると、少し嬉しいのかもしれない。そう思っていると、急に近づいてきた。
頬に手を伸ばしてきて、真剣な眼差しを向けてきた。甘い匂いがしてきて、体が強張ってきた。
心臓がドクドクと鼓動していて、煩くなってきた。顔が近づいてきて、思わず目を閉じてしまう。
「涙、どうしたんですか」
「えっ……」
おそるおそる目を開けると、端正な顔が間近に合った。困惑していると、目尻を手で拭ってくれた。
「何か嫌なことでも、あったんですか」
「な、何も……ないから、は……なして」
「つっ……すみません」
直ぐに距離を取って、顔を真っ赤にさせていた。その表情が可愛くて、少し笑ってしまった。
すると直ぐに笑ってくれて、頭を撫でてきた。あまりに突然のことで、思考が一瞬停止してしまう。
「先輩は笑っている時が、一番可愛いですよ」
「な、何言って……」
「ふう……無防備過ぎますね」
何を言っているのか、分からないけど……全身の水が沸騰するように、体が熱くなってくる。
夜風が冷たくて気持ちいいけど、それでも熱が冷めることはない。甘い匂いが漂ってくる。
ふと見上げて見ると、笑顔がキラキラ輝いていた。必然的に金城くんの、胸に両手を置いている感じになっていた。
「金城……くん、もうそろそろ……」
「あっ、すみません」
頭にあった熱が、段々と冷めてしまう。それに少し、寂しさを感じてしまう。
この熱に慣れてはいけない……。僕は更に距離を取って、目を見ずに告げる。
「もう送ってくれなくて、いいよ」
「せんぱ」
「どこまで聞いたか知らないけど……僕だって、男だから自分で何とかするよ」
僕がそう言うと、少し悲しそうにしていた。止めてよ……湊くんもそうだし、君たち幼なじみは同じことをする。
「……嫌です。俺が、したくてしてるんで」
「……はあ、勝手にして」
僕が半分呆れながら言うと、直ぐに満面の笑みになった。やっぱ、この人大型犬だな……可愛い。
後ろをニコニコしながら着いてくる彼が、可愛くて嬉しかった。それから数日後の平日に、湊くんに飲みに誘われた。
「ごめん、今日。用事があるんだ」
「この前奢ってくれたので、僕が奢りたいです……ダメですか」
電話口でも、しゅんとしているのが分かった。可愛いんだろうなって思って、了承するしか出来ない。
推しを悲しませることは、絶対にあってはならないから。そう思ったけど、素直に言えずにため息混じりで伝える。
「はあ……分かったよ」
「ありがとうございます! この前の居酒屋に、七時でお願いします!」
「……了解」
七時か……電話を切って、PCの時刻を見ると三時だった。ここ一週間、引きこもって仕事と同人誌のプロットを作っていた。
そのためか、お風呂にも入っていない。流石にこの状態で、行くのは良くないと思ってお風呂に入った。
「ふう……癒される」
湯船に浸かって思わず、声が出てしまった。それはそれとして……どうしようかな。湊くんが来るってことは、金城くんも来るのかな。
好きだって気がついたけど、どうすればいいのか……この気持ちは隠したいけど、日に日に増していってしまう。
凛斗には恋はしないって言ったけど、忘れようと思えば思うほど……彼のことしか、浮かんでこない。
「はあ……」
僕のため息が浴室内に反響する。これ以上、鬱々と考えていても良くない。そう思って、僕は上がって出かける準備をする。
頃合いになったから、僕は家を出て土手のところを歩いていた。すると前を金城くんが歩いていて、声をかけようか迷ってしまう。
ズンズンと歩いていく後ろ背中を見て、悲しくなってしまった。僕はいつの間にか、歩みを止めてしまう。
無理なのかもしれない……そう思って振り返って、帰ろうかと思った。すると、声をかけられた。
「宮澤先輩、お久しぶりです」
「……あっ、うん。久しぶり」
「行きましょう」
「あっ……」
当たり前のように手を引っ張って、優しい笑みを浮かべてくれた。たったそれだけのことなのに、心臓が煩いぐらいに高鳴っている。
繋がれた手が熱くて、気がつくと体全体に広がっている。ヤバい……手汗酷くないかな。
甘い香りが漂ってきて、それで更に熱くなってしまう。この匂い本当に癒されるし、心が落ち着いてくる。
僕の歩く歩幅に合わせてくれて、横でニコニコ笑顔を向けてくる。その笑顔が綺麗で、ずっと見つめていることが出来ない。
そのため思わず目を逸らしてしまうと、一旦立ち止まった。そして、心配そうに顔を覗いてきた。
「どうしました? 具合でも」
「だ、いじょうぶ……」
「つっ……行きましょう」
僕が目を見て答えると、何故か顔を真っ赤にしていた。隣を歩く彼を見て、ワイシャツの袖を捲っている姿がカッコよかった。
何度も見てるのに、今日はいつもよりも光り輝いているように見えた。その間も手を繋いでいて、体が益々火照っていってしまう。
居酒屋に着くまで手を繋いでいた僕たちは、熱が冷め切らずにいた。流石に手を離して、個室に入っていった。
「あっ、来た! あれ、何で二人とも顔が真っ赤なの?」
「あっ……もう、五月末だし暑いから! ですよね、先輩!」
「あっ! うん、そうだね……」
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