9話 繋がれた手が熱くて

1/1
前へ
/100ページ
次へ

9話 繋がれた手が熱くて

「カップルのイチャイチャ、見てるのしんどい」 「あー、それは……すまん」 「うっ……せめて、連絡先交換しません?」  それぐらいは、してもいいのかも……これからどうするかは、また別の話だけど。とにかく今は、前向きな様子にしとこう。  僕は湊くんの前に膝立ちして、スマホを取り出して連絡先の交換をする。そこでニコニコ笑顔を、浮かべて嬉しそうにしていた。 「律さん……透真は本当にいい奴なので、真剣に考えて下さいね」 「うぐっ……考えてみる」  そう言って荷物を持って、個室を後にする。不本意とはいえ、相談に乗ってもらったんだよね。  そう思って今頼んだ分だけでも、お会計を済ませておいた。今度こそ居酒屋を後にして、暗い道をトボトボと歩いていた。 「はあ……どうしよう」  土手を歩きながら、ため息が溢れてしまう。二人には前向きな発言をしたけど、どうすればいいのか分からない。  恋愛なんてしたくなくて、ずっと避けてきたから。やっぱ、僕には無理なのかもしれない。  そう思って悲しくなって、目から少し涙が溢れてきた。そんな時に、前から声をかけられた。 「宮澤先輩」 「……金城くん、なんで」 「湊から、送ってあげてって連絡が来まして」 「そっか……」  お節介もここまで来ると、少し嬉しいのかもしれない。そう思っていると、急に近づいてきた。  頬に手を伸ばしてきて、真剣な眼差しを向けてきた。甘い匂いがしてきて、体が強張ってきた。  心臓がドクドクと鼓動していて、煩くなってきた。顔が近づいてきて、思わず目を閉じてしまう。 「涙、どうしたんですか」 「えっ……」  おそるおそる目を開けると、端正な顔が間近に合った。困惑していると、目尻を手で拭ってくれた。 「何か嫌なことでも、あったんですか」 「な、何も……ないから、は……なして」 「つっ……すみません」  直ぐに距離を取って、顔を真っ赤にさせていた。その表情が可愛くて、少し笑ってしまった。  すると直ぐに笑ってくれて、頭を撫でてきた。あまりに突然のことで、思考が一瞬停止してしまう。 「先輩は笑っている時が、一番可愛いですよ」 「な、何言って……」 「ふう……無防備過ぎますね」  何を言っているのか、分からないけど……全身の水が沸騰するように、体が熱くなってくる。  夜風が冷たくて気持ちいいけど、それでも熱が冷めることはない。甘い匂いが漂ってくる。  ふと見上げて見ると、笑顔がキラキラ輝いていた。必然的に金城くんの、胸に両手を置いている感じになっていた。 「金城……くん、もうそろそろ……」 「あっ、すみません」  頭にあった熱が、段々と冷めてしまう。それに少し、寂しさを感じてしまう。  この熱に慣れてはいけない……。僕は更に距離を取って、目を見ずに告げる。 「もう送ってくれなくて、いいよ」 「せんぱ」 「どこまで聞いたか知らないけど……僕だって、男だから自分で何とかするよ」  僕がそう言うと、少し悲しそうにしていた。止めてよ……湊くんもそうだし、君たち幼なじみは同じことをする。 「……嫌です。俺が、したくてしてるんで」 「……はあ、勝手にして」  僕が半分呆れながら言うと、直ぐに満面の笑みになった。やっぱ、この人大型犬だな……可愛い。  後ろをニコニコしながら着いてくる彼が、可愛くて嬉しかった。それから数日後の平日に、湊くんに飲みに誘われた。 「ごめん、今日。用事があるんだ」 「この前奢ってくれたので、僕が奢りたいです……ダメですか」  電話口でも、しゅんとしているのが分かった。可愛いんだろうなって思って、了承するしか出来ない。  推しを悲しませることは、絶対にあってはならないから。そう思ったけど、素直に言えずにため息混じりで伝える。 「はあ……分かったよ」 「ありがとうございます! この前の居酒屋に、七時でお願いします!」 「……了解」  七時か……電話を切って、PCの時刻を見ると三時だった。ここ一週間、引きこもって仕事と同人誌のプロットを作っていた。  そのためか、お風呂にも入っていない。流石にこの状態で、行くのは良くないと思ってお風呂に入った。 「ふう……癒される」  湯船に浸かって思わず、声が出てしまった。それはそれとして……どうしようかな。湊くんが来るってことは、金城くんも来るのかな。  好きだって気がついたけど、どうすればいいのか……この気持ちは隠したいけど、日に日に増していってしまう。  凛斗には恋はしないって言ったけど、忘れようと思えば思うほど……彼のことしか、浮かんでこない。 「はあ……」  僕のため息が浴室内に反響する。これ以上、鬱々と考えていても良くない。そう思って、僕は上がって出かける準備をする。  頃合いになったから、僕は家を出て土手のところを歩いていた。すると前を金城くんが歩いていて、声をかけようか迷ってしまう。  ズンズンと歩いていく後ろ背中を見て、悲しくなってしまった。僕はいつの間にか、歩みを止めてしまう。  無理なのかもしれない……そう思って振り返って、帰ろうかと思った。すると、声をかけられた。 「宮澤先輩、お久しぶりです」 「……あっ、うん。久しぶり」 「行きましょう」 「あっ……」  当たり前のように手を引っ張って、優しい笑みを浮かべてくれた。たったそれだけのことなのに、心臓が煩いぐらいに高鳴っている。  繋がれた手が熱くて、気がつくと体全体に広がっている。ヤバい……手汗酷くないかな。  甘い香りが漂ってきて、それで更に熱くなってしまう。この匂い本当に癒されるし、心が落ち着いてくる。  僕の歩く歩幅に合わせてくれて、横でニコニコ笑顔を向けてくる。その笑顔が綺麗で、ずっと見つめていることが出来ない。  そのため思わず目を逸らしてしまうと、一旦立ち止まった。そして、心配そうに顔を覗いてきた。 「どうしました? 具合でも」 「だ、いじょうぶ……」 「つっ……行きましょう」  僕が目を見て答えると、何故か顔を真っ赤にしていた。隣を歩く彼を見て、ワイシャツの袖を捲っている姿がカッコよかった。  何度も見てるのに、今日はいつもよりも光り輝いているように見えた。その間も手を繋いでいて、体が益々火照っていってしまう。  居酒屋に着くまで手を繋いでいた僕たちは、熱が冷め切らずにいた。流石に手を離して、個室に入っていった。 「あっ、来た! あれ、何で二人とも顔が真っ赤なの?」 「あっ……もう、五月末だし暑いから! ですよね、先輩!」 「あっ! うん、そうだね……」
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

529人が本棚に入れています
本棚に追加