1話 運命の番

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1話 運命の番

 今日は会社の新入社員歓迎会があるため、乗り気じゃないけど仕方なく来た。僕は宮澤律、今年で二十九歳になる。  黒髪で黒縁メガネをかけていて、髪も適当に伸ばしている。月に数回しか、出勤しないwebデザインをしているからだ。  身長も低くて、女顔と呼ばれている。そのためよく女の子と間違われているんだけど、僕はそのことが心底イラついてしまう。  劣等種と呼ばれるΩで、昔から悲惨な目に合っている。中学一年でバース性が分かるまでは、他の子とも仲良くしていた。  しかし僕がΩだと分かった途端に、周りの僕を見る目が変わった。今まで仲良くしていたαだと、分かった友人に襲われそうになった。 「なんで、こんなことを」 「Ωであるお前が悪い」  そんなことを、幾度となく言われてきた。僕はαが嫌いだ……それ以上に、Ωである自分が嫌いだ。 「おーい! 律、烏龍茶で酔ったのか」 「凛斗……別に」  隣に座って僕に話しかけてきているのは、幼なじみの藤島凛斗だ。僕の一つ年下のβで、とても優しい奴だ。  藍色の髪色をしていて、優しそうな雰囲気を纏っている。僕よりも身長が高くて、細マッチョタイプだ。  僕の人生で唯一の親友と呼べる仲で、恥ずかしいから絶対に言わないけど。αでもΩでもないから、凄く付き合いやすい。  僕のヒートに当てられることもなく、何かあったら抑制剤を飲ませてくれる。僕の人生で家族以外で、最も信頼できる人だ。  同じ会社の後輩でもあり、経理部に所属している。家でぐだぐだして、オタ活している僕とは違ってアウトドア派だ。 「でも、今日は来てくれて助かったよ」 「別に、僕が来なくても支障ないでしょ」 「……律はもう少し、愛嬌が欲しいよな」 「僕に求めることが、間違ってる」  僕は唐揚げを食べながら、興味なさそうに答える。その光景を見て、凛斗はため息をついている。それでも、微笑んでいて本当にいい奴だ。  それはそれとして、近くの席でイチャイチャしているカップルがいる。他の社員もいるんだから、少しは人目を気にしなよ。 「湊く〜ん。はい、あ〜ん」 「蒼介さん、飲み過ぎ〜」  そのうちの一人が、僕の高校時代の同級生の小笠原蒼介だ。恋人くんと、イチャイチャとマジで目障りだ。  興味はないが、誰かが怒らないとね。というか、完全に弄りたいだけなんだけどね。僕はニヤニヤしつつ、いつもの調子で遊び始めた。 「あのさ、煩いんだけど」 「はあ? 俺に言ってる?」 「他に誰がいんの? マジで、ウザい」 「お前な……俺がαだからって、喧嘩売るなよ」  ため息をつきながらそう言われて、こいつ何も分かってないなと思う。他のαとは違って、僕に対して優しいわけでもなくキツいわけでもない。  かといってお互いに、恋愛には発展しない。それが僕にとっては、どれだけ貴重な存在なのか。  まあそれを素直に言えるほど、真っ直ぐに育っていないが。それに伝える必要もない……眠くて欠伸が出るし。 「別に、αとか関係なくお前が嫌い」 「そんなハッキリ言うなよな」 「本心だから」 「お前な……」  僕がいつものように小笠原を弄って遊んでいると、隣にいた恋人くんが話しかけてきた。 「蒼介さんの、お知り合い?」 「ああ高校のどうきゅう」 「只の赤の他人」  僕がそう言うと、小笠原はため息をついていた。そんなこいつを恋人くんが、慰めていた。  そんなことは僕には関係ないから、恋人くんに声をかける。この子はこいつと違って、いい子そうだし。 「僕は宮澤律。Webデザイン課だから、月に数回しか出社しないけどよろしくね」 「はい、広瀬湊です。よろしくお願いします」  何この子……笑顔が可愛くて、この瞬間完全に推しになった。昔から可愛い子に、とてつもなく弱いんだよね。  恋人くんもとい、広瀬くんは可愛いと思う。黒髪に可愛い顔立ちに、素直な性格をしている。  なんか無性に構いたくなってくるんだよね。初対面なのに、もう可愛くて仕方ないんだよね。  僕には上の方の従兄弟はいるけど、下の従兄弟はいないんだよね。だから可愛くて、甘やかしたくなってきた。 「広瀬くんは、入社一年目だよね」 「あっ、はい。そうですよ。宮澤先輩」 「もう一回」 「宮澤先輩」  あーもう、なんて可愛いのだろうか。隣にいる奴はどうでもいいけど、広瀬くんは可愛い。  僕よりも身長が高いけど、そんなの関係ないぐらいに可愛い。でもそこで疑問に思ってしまう。  Ωはそんなに大きくなれないはずなのに、βの凛斗と同じぐらいの身長だ。まあ個人差はあるし、必ずってことはないけどね。 「湊くんは、何か趣味あるの?」 「特にないですよ。宮澤センパイは、何を好きなんですか?」 「僕はアニメだよ。今度、おすすめの作品教えよっか?」 「ありがとうございます」  あーもう、可愛いんだけど。アニメのキャラだったら、完全に推しまくって、グッズを買いまくるのに。  僕と仲良くしているのを見て、ほろ酔いの小笠原が嫉妬しているようだった。その様子が面白くて、弄りがいがある。  そこで紹介しろよって言う目で凛斗が見てきたから、仕方なく紹介してあげることにした。 「広瀬くん。こっちは僕の幼なじみで、経理部の藤島凛斗」 「藤島です、よろしくね」 「広瀬です。こちらこそ、よろしくお願いします」  あーもう、可愛すぎてヤバい。素直でいい子だし、なんでこんな可愛い子がこいつと付き合ってるのか不思議だ。  すると広瀬くんが周りをキョロキョロ見渡して、何やら探しているようだった。どうしたんだろうと思って、聞いてみることにした。 「誰か探してるの?」 「幼なじみですよ。人事部に配属されたんですけど、どこにいるんだろ」 「幼なじみか、後で紹介してよ」 「はい、もちろんです!」  僕は何度目か分からないけど、広瀬くんが可愛くて悶えてしまう。推し誕生の瞬間は、オタクにとって最高の瞬間だ。  僕がほっこりしていると、広瀬くんが誰かに声をかけていた。なんとなく、そっちを見てみる。 「透真〜」 「おう、湊」  フワっと柔らかくて、甘い香りが漂ってきた。急激に体がだるくなって、ヒートに似たような感覚に襲われた。  体が熱くなってきて、全身が沸騰する感覚。何者かに体全体を、縛られているような感覚がした。  怖いけど、この匂いは嫌いじゃない。寧ろ、好きの部類に入ってるかもしれない。視界がボヤけてきて、凛斗の方に倒れて支えてもらった。  これって……もしかしなくても……って思っていると、周りの傍観をしている人たちから聞こえてきた。  ――――運命の番って……。
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